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論説 歳末の辞 来るべき新年に向けて

平成28年12月19日付 2面

 今年も残すところあとわづかとなり、本紙は今号で年内最終号となる。
 歳末にあたりこの一年を振り返れば、初代・神武天皇の二千六百年式年祭の年にあたり、奇しくもわが国のあり方、わけても神武創業の精神的理想を掲げた明治維新に始まる近代以降の歴史について、改めて見直しを迫られる一年であったともいへる。それは、維新により「国家の宗祀」とされた神社が、敗戦・神道指令を端緒として変革を余儀なくされ、その結果としての神社本庁設立、さらには本紙創刊から今年が七十周年にあたったこととも相俟って深い印象を残した。



 七月十三日のNHKニュースを契機とする「生前退位」に関する報道、そして八月八日の「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」は、国民に衝撃を持って受け止められた。政府が設置した「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」においてはすでに三回に亙るヒアリングを終へ、年明け以降に論点整理が纏められる予定だといふ。
 「おことば」の結びにおいて、「皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ」られ、「国民の理解」を求められた陛下にお応へするためには、なにより国民一人一人が「お気持ち」について真摯に理解を深めるやう努めることも必要だらう。その上で、「伝統を重んじ、祭祀の振興と道義の昂揚を図り、以て大御代の彌栄を祈念」することを神社本庁憲章第一条に掲げる我々として、皇祖皇宗の大御心を体し、天壌無窮の皇運を扶翼するために、いかに考へるべきかが重要といへるのではなからうか。



 一方、設立七十周年を迎へた神社本庁においては、三期目となる田中恆清総長以下の新執行部のもと、「過疎地域神社活性化推進委員会」と「本宗奉賛活動強化推進委員会」といふ二つの特別委員会が始動した。
 過疎化をはじめ少子高齢化をともなふ人口減少は斯界のみに拘らず、わが国にとってすでに避けられない現実としてあり、それは国運に関はる大きな問題といへよう。さうしたなかで神社がいかにあるべきなのか、また譲れない一線が奈辺にあるのか、「国家の宗祀」とされた近代以降の歴史も踏まへつつ神社の存在意義から施策の方向性を示すやうな理論構築を求めたい。
 また本宗奉賛については、今年は伊勢志摩サミットに際しての各国首脳の「表敬訪問」で神宮が注目を集めたが、斯界にとって本宗と仰ぐ神宮とはいかなる存在なのか、従前の経緯や議論を再確認するやうな取組みも必要だらう。その過程では、明治初年の神宮御改正が一つの起点となることはいふまでもない。かつて神宮少宮司を務めた幡掛正浩が戦後における神宮制度是正について、「時運いかに振はぬと雖も、この旗断じて降ろす可からず」と語った言葉は、今も決して色褪せてはゐないのだ。



 来る新年を迎へれば、明年には明治維新百五十年の節目が迫ってゐる。この間の歴史について一部を切り取り、現代の価値観に基づき賛否を論ずるのは容易いが、歴史には常に光と影の両面があるだらう。いづれにしても、それは先人たちの営為の積み重ねであり、さうした蓄積の上に今があることを忘れてはなるまい。
 神社本庁設立に尽力した葦津珍彦は、「尊王の精神、天皇の意識こそは明治維新を推進した大きな力であった。この精神、この意識があったればこそ、日本人は封建的分立の壁を越えて、全民族を近代的統一国家のもとに結集することができた」と指摘。列強によるアジアの植民地化のなかでの独立の維持、また世界を驚嘆させた戦後復興などにも言及した上で、「人民を一つの国民に統一する強い社会意識の核」の存在や、その発露としての明治維新の歴史を学ぶことの大切さを強調した。
 山積する内外の課題を前にした今だからこそ、戦後神社界に大きな足跡を残した幡掛と葦津の言葉を道標としつつ、近代国家としてのわが国の出発点となった維新の理想と構想を顧みることで、英智と勇気をもって天皇国日本の真姿顕現のために努めたい。さうした決意を肝に銘じ、来るべき新年を迎へたいものである。

平成二十八年十二月十九・二十六日

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