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論説 桃の節供 命を繋ぐ尊さの確認を

平成29年03月06日付 2面

 今年も三月三日の桃の節供を迎へた。明治初年の改暦により生じた「旧暦」と「新暦」とのズレの影響から、桃の節供といへども桃の開花はまだ一カ月ほど先で、また、縦に長い日本列島においては、まだまだ寒さ厳しい地域もあるだらう。しかしながら、清新な草木の芽吹く春の訪れを次第に感じられるやうになるこの時季、各家庭において雅やかな雛飾りを設へ、女児の成長を祝ふ行事が続けられてゐることは、洵に喜ばしい限りである。

 桃の節供は五節供(人日・上巳・端午・七夕・重陽)の一つである「上巳」にあたり、そもそもは三月初めの巳の日を意味する。古代中国の上巳においては、身心の不浄を祓って招魂の儀式を執りおこなひ、貴人らが川面に盃を浮かべて宴を催してゐたといふ。わが国でも、小川の流れに盃を浮かべて詩歌を詠む「曲水の宴」が古くからおこなはれてゐたとの記録が残る。平安時代においては、形代としての人形に穢れを移して川に流す上巳の祓ひがあり、これが現在にも「流し雛」として受け継がれてゐるといふ。今日のやうに、内裏雛を中心に三人官女や五人囃子などの人形をはじめ、さまざまな調度品を雛壇に並べ、菱餅や白酒などを供へる雛飾りは、室町期以降に宮中・貴族の間で始められ、武家にも取り入れられた後、民間では江戸時代、さらに明治以降には広く一般庶民の家庭でも盛んになったとされる。
 宮廷の雅やかな様子を表現した雛人形。かつて葦津珍彦が「悲史の帝」のなかで、幕末維新期に朝敵との汚名を受けて必死の戦ひを控へた会津城下の武家において、華やかに雛人形を並べて雛祭りがおこなはれたことに触れつつ「天皇へのあこがれ」などを論じたやうに、そこには、お雛さまのやうに幸せに、また健やかに成長してほしいと願ふ親心とともに、皇室への憧憬といふ、わが国における麗しい伝統もまた表されてゐるといへるのではなからうか。

 近年はこの桃の節供にあたり、観光振興や地域おこしの観点もあってか、全国各地でさまざまな行事などがおこなはれてゐる。なかには単なるイベント的な催しではなく、各地に伝はる習俗を背景とするものや、地域の旧家などで大切に保管されてきた時代雛を公開するものなどもあり、その内容は多岐に亙ってゐる。
 神社界においても、教化活動の一環として幼稚園や保育園を訪れて祭典を斎行したり、雛人形の展示会をおこなったりする事例もあるやうだ。またとくに、参道階段に整然と雛人形が並ぶ圧巻の風景は、テレビや新聞などでも大きく報じられ、この時季の風物詩になってゐるともいへる。
 その一方で、核家族や単身世帯の増加などの影響で家庭における伝統的な行事等の継承が困難になってゐるといはれる昨今、住宅環境の変化などとも相俟って、各家庭における桃の節供の行事がどれほどおこなはれてゐるのか、少なからず懸念もある。斯界においては、家庭祭祀の振興との関はりも含め、国家・社会の最小単位である家庭、その構成員たる家族の絆の重要性を常に訴へ続けてきた。さまざまな経緯のなかで現在まで受け継がれてきた桃の節供の行事が、それぞれの家庭における思ひ出深いハレの行事として、また家族を結び付ける紐帯の一つとして、今後もしっかりと継承されていくことを望むものである。各地における行事等の盛況が、決して家庭における行事の衰頽の裏返しであってはならない。

 現在、児童虐待や都市部における待機児童の問題等々、子供の成長をめぐる今日的課題が深刻の度を増してゐる。また価値観の多様化や社会環境の変化などを含めさまざまな要因・事情があるのだらうが、なかなか少子化に歯止めがかからず、家庭を築き、次代を担ふ子供を産み育てるといったことが、必ずしも当たり前ではなくなった。政府でも対応などを検討してゐるやうだが、日本の将来、その命運を左右する極めて重要な問題であるとの認識を改めて共有しなければなるまい。
 さうした現代社会だからこそ、女児の健やかな成長を願ふ桃の節供にあたり、親から子、子から孫へと、命を繋いでいくことの尊さを再確認したい。わが国と、その麗しい伝統・文化は、そのやうな命の継承のなかで今後も連綿と受け継がれていくのである。
平成二十九年三月六日

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