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杜に想ふ 儀礼文化 神崎宣武

平成29年03月20日付 5面

 葬儀(葬送儀礼)の様相が変はりつつある。大きく変はらうとしてゐる。
 たとへば、「家族葬」が流行る。銘々の選択肢といふものだらうが、何もかもが「故人の遺志により」ですまされるものでもあるまい。そもそも葬儀とは、社縁的な儀礼のはずである。対して、通夜は、血縁的な儀礼といへるだらう。
 通夜で、遺族や親族は遺体に寄りそって別れを惜しむ。「殯り哭く」(『神代記下』)のである。古式に相違なく、隣国に伝はる泣き女を頼んでの大仰なそれと共通するところもあるだらう。
 ゆゑに、近隣の人たちが葬連組(講中ともいふ)を組み、葬儀の準備や運営を助けることになったのだ。そして、一般の縁故者は、通夜は遠慮して葬儀に参列したのである。
 通夜と葬儀の二重の構成は、文化といふものである。
 それを壊したのは、経済の高度成長にしたがって都市化が進み、勤め人が増えて主流となったからで、通夜の参列者が増えたのだ。
 また、都市においては貸席(セレモニーホールなど)が発達、通夜からそこでおこなふことが一般化した。いまや、地方の農山漁村においても、貸席利用が増えてゐるが、通夜だけは家庭でおこなふといふところもある。
 その変化は、いたしかたない。認めなくてはなるまい。だが、それは、私ども年配者にとっては、わづか一代のうちでの変化なのだ。ならば、もとはどうだったか、を忘れきるわけにはいかないだらう。
 たとへば、何年か前にこんなことがあった。
 知人G氏の尊父が亡くなったときのこと。会葬して香料を供へようとしたら、故人の遺志により、と断られた。そんなものか、と線香だけあげて帰った。G氏の同僚は、会社名で供花したが、それも断られて返された、と聞いた。故人のお立場はともかくとして、G氏は、まだ現役の職業人なのである。社縁のつきあひをそこまで無視してはなるまい。案の定、以後の彼は、それまでの友人関係もそこなふことになった。
 ごく最近では、Oさんの御主人が亡くなったことをのちに知った。そこで四十九日の法要に、遅ればせながらと香料を包んで渡した。ところが、四十九日から一カ月を過ぎても葉書一枚の挨拶もないのだ。別にそれをあてにしてゐるわけではないが、あのOさんにして、と疑問を感じざるをえないのである。
 他人事でもない。私どもの身近なところから、日本の儀礼文化がくづれてきてゐるのだ。
 とくに、個人の自由を主張するところでは、文化伝承の主張は通じにくいところがある。しかし、ことあるたびに、ゆきすぎた変化や省略に対しては、もとのかたちの道理を説いていかなくてはならないのだ。それには、相応の勇気と根気が要る。さても厄介な時代になったものである。
(民俗学者、岡山・宇佐八幡神社宮司)

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