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杜に想ふ 日本だけぢゃない 須浪伴人

平成29年04月03日付 5面

 暖かくなるに連れ舞ひ散るスギ花粉も多くなり、花粉症の身としては厳しい季節となってゐる。しかし、一方で楽しみなこともある。桜の花が開き始めた。この原稿が掲載される頃には神社の境内が美しく彩られてゐることだらう。
 へそ曲がりな子供だったころは、咲き誇る花の美しさよりも散った後の境内を掃除する面倒くささばかりが気になってゐたが、年を取って「それもまた風情」と思へるやうになった。
 わが国には春夏秋冬と鮮やかな四季があるおかげで、風物詩といふ言葉がある。事物や現象に季節を感じるわけだ。一年を通じて人と自然とのさまざまな関はりが生まれ、生活を豊かなものにしてくれてゐる。神社で執りおこなはれる折々の祭りは、その最たるものと言へるだらう。
 この四季の変化は、「日本には四季があっていいでせう」といふ具合に、日本人が日本の風土を語る際に必ず口にするものだ。が、しかし、ちょっと考へていただきたい。季節の変化があるのは、何も日本だけではない。
 最も暑い(暖かい)季節を夏とし、最も寒い(涼しい)季節を冬とすれば、その間の期間は自動的に春と秋になる。日本人が諸外国の街に抱くイメージはさまざまだらうが、現地に住む人々にとってはきちんと季節は移り変はる。ただ日本との差異は鮮やかさの程度だけだ。それをまったく考慮に入れず、自慢気に「四季があるからいいでせう」などとやってしまっては、こちらは何も意図してゐなくとも、下手をすると相手を不快にさせてしまふかもしれない。
 このところ「日本はこんなにスゴイ」と自画自讚する記事やテレビ番組を目にする機会が増えたのだが、これらも時々だが気になるものがある。自国の文化や伝統を見直し評価することは、西洋化と欧米文化礼讚が進んでしまったわが国では必要なことだ。だが、さうする上で他国の文化を劣ったものと見做す必要はない。
 先だってロンドンでテロと思はれる事件が発生した。自動車が歩行者を跳ね飛ばして建物に突っ込み、運転してゐた人物が人々を刺した。このニュースに触れ、身の回りでは「外国は怖い」と「日本は安全」といふ声が同時に聞かれたが、果たしてさうだらうか。
 数年前、似たやうな事件が東京で起こったではないか。その異常さ加減からすれば、日本の方がよほど恐ろしい事件ではなかったか。方向は違ふが、日本の四季を讚へるのと同じ思考過程ではないか。
 自虐は好ましくないが、極端な自己肯定も同じくらゐよくない。いや、批判的精神がない分、むしろ厄介か。と考へると、美しさだけに囚れなかった幼い日の自分は、あながち愚かではなかったのかもしれない。などと自画自讚してみた。ふむ。
(神職・翻訳家)

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