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杜に想ふ いのちの音 涼恵

平成29年04月10日付 5面

 先日、鮮烈な体験をしたことをここに綴らせていただきたい。
 わが家には、五月で二十歳を迎へる愛猫がゐたのだが、つい先日他界した。
 亡くなる数日間は、猫らしいといふのか、奇怪な行動が増え、明らかに死に場所を選んでゐる様子が窺へた。いつもは行かない場所へと徘徊する。
 明け方、こんなことがあった。私は半分眠りに堕ちたまま、不思議な音を聴いた。
 シュルルル……きゅいーん。ずーずー。暫くの間そんな音が聴こえてゐたかと思ふと、微かに「にゃぁぁーん」と鳴いた後、フッと音が止んだ。気になったのだが、眠いせゐもあって、なかなか身体が動かなかった。すると、どこからともなく「あなた神主でしょ!」と言はれた気がした。
 身体を起こすと、愛猫が横たはってゐる。抱き抱へると、冷たい体に舌を出した状態で、口元には泡が吹き出し、呼吸をしてゐない。数回名前を呼んでゐたら、息を吹き返した。息が押し戻されてきたやうな瞬間だった。そして、力強く三度の雄叫びを発した。
 胸と目頭が熱くなった。死を身近に感じながら、悔いがないほど側にゐた。
 結局、愛すべき命はそれから二日後に、この世を去った。
 なんだか無性に海に行きたくなった。
 砂浜の上を歩きながら、心地良く沈んでゆく自分の身体の重みをひしひしと感じた。不規則なリズムで寄せては返す波の音……風が吹くと波が揺れ……そして私の息遣ひも、自然と呼応してゆくのが分かる。あの時の愛猫の臓器の音に限りなく似てゐる。風のやうな波のやうな呼吸のやうな、心音のやうな、なんとも言へないあの時の、いのちの音がここでも聴こえてゐる。どこかしら影響を受け響き合ひ連動してゐる。見上げた空には瞬く星々……煌めきも闇も一つの世界に存在してゐる。儚くも凛とした空気。
 私は夜の海に、圧倒的な生を感じた。
 ふと、ある物語が浮かび上がる。神話の中で伊邪那岐命と伊邪那美命が水蛭子を葦舟に乗せて海へと返した動機が、ここにある気がしてならない。どんな思ひでその小さな命を見送ったのだらう。神話がとても身近に感じられる。生き続ける者が死を見送ること、見届けること。そしてその先にある成すべきこと。
 神道の死生観とは、とても潔いもののやうに感じられる。この世に生を享けてゐる間の時間の使ひ方、命の使ひ方は人それぞれだが、一つ一つの命もこの自然観のやうに何かしら繋がり連動してゐる気がしてくる。
 すると今、この原稿を読んでくださってゐる読者の方と私も、自然の連動と同じやうに何かしらの関係があるんぢゃないか……。今、目の前には存在してゐなくても、交はりがある。そんな確信が湧き上がってくる。いのちの鼓動が重なって聴こえてくるやうに。
(歌手、兵庫・小野八幡神社権禰宜)

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