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杜に想ふ ハチマンベイ 八代 司

平成29年05月01日付 5面

 日本出身の横綱が十九年ぶりに誕生し、大逆転による涙の優勝劇と共に角界の久々の朗報に相撲人気も盛上がりを見せてゐる。国技としての面目躍如といった感じであらうか。
 昨夏のことであるが、私が住まひする市内で、小学校に隣接して市営相撲場が新たに整備され、これを記念して県相撲協会が主催して県下少年少女相撲大会が開催された。縁あって地元神社庁も後援団体となり、その打ち合はせ段階から私もお手伝ひをさせていただくこととなった。
 当初より印象深かったことは、神職を必ず上座に据ゑて会議がおこなはれてゐたことだった。居並ぶ老齢の相撲協会関係者より、「神主さんが上座に座ってもらはないと絵にならない」「神主さんより上に座ることはできない」などと言はれ、浅黄袴に羽織姿で出席した神職自身も「若輩であり、一後援団体から会議に出席した係員であるから」と固く遠慮をしたのだが、一同よりは「相撲は神事だから」とも言はれて、恐縮しながらも上座の方に着席することと相成った。
 その会議の席上、相撲勝利者へ神社庁から「大きな御幣」を授与してはどうだらうかと提案させていただいた。実は私の故郷の産土神社では秋の大祭翌日には慶賀祭として境内の土俵で鎌倉時代から伝はる奉納神事相撲がおこなはれてゐた。その優勝者である大関には、大奉書紙と紅白の水引と青竹の幣束とで奉製された大人の身の丈以上の大きさの御幣が授与されてゐたことが子供心にも脳裏に深く刻まれてゐたことからの着想であった。
 同様に当地も昔は相撲が盛んで、神社の境内の一隅や小・中学校の校庭には必ずといってよいほど屋根つきの土俵があって、校内相撲大会がおこなはれてゐた。この提案について神職界の会合で話したところ、偶然にも七十代の一宮司より「相撲の御幣ならばハチマンベイであらう」と伺ふことができた。
 ある中堅神職の方は、氏子区域の学校行事の相撲大会で授与する御幣を祖父や父が奉製してゐた記憶はあっても、その名称自体は初耳とのことであった。調べれば「八幡幣」との名称で石川県の能登半島や富山県、新潟県、山形県、秋田県といった日本海側沿岸をはじめ長野県、東京都でも確認することができた。ややもすると当地では「八幡幣」との名称自体が忘れ去られるところであったが、今回の相撲大会が契機となり、若い神職の方々にも伝統に基づく名称や奉製法を伝へることができたことは極めて意義深いことともなった。
 さて、件の少年少女相撲大会は熱戦がくり広げられ、部門別で計八基の八幡幣が優勝者に授与され、誇らしげな子供たちに昔を懐かしむ相撲関係者一同はもとより、保護者からも大いに喜ばれた。後日、ある中学校では他の競技大会で受賞した優勝旗や数々のカップ、トロフィーと並び、一際大きな八幡幣が校舎内に展示されてゐると聞いたことを特筆させていただきたい。
(まちづくりアドヴァイザー)

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