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社説 これからの皇室制度 「おことば」から特例法案へ

平成29年05月29日付 1面

 昨年八月八日に今上陛下親らが国民に向けてお話なされた「おことば」の持つ意味は甚だ深く重い。「おことば」に籠められた「お気持ち」に国民の誰しもが恐懼の至りとの思ひを懐かずにはゐられなかったであらう。
 以来、多くの国民が「おことば」に籠められた「お気持ち」に副ふべき方策を摸索し、また政府においても「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」を設置して議論を深めるなど、陛下の「お気持ち」に少しでも対応しようとする努力が重ねられてきた。
 それは本紙とて同様であり、神社新報ならではの企画・編輯方針で斯界の総意を結集・再確認するための方途に資する記事・論考等を掲載、発信してきた。本年三月二十七日付け論説に記した「陛下には、今後とも幾久しく御在位いただければ、これ以上ありがたく幸せなことはない」との思ひは、斯界の総意のみならず、恐らくは「おことば」を拝する前の多数の国民が懐いてゐたであらうし、今も心中奥深くに共有されてゐる想ひだらう。



 しかしながら、NHKが昨年七月にスクープとして最初に報道した「生前退位」を契機に、そして八月の「おことば」を決定打として一気に噴き出した「退位」か、さもなくんば「終身在位」か、といった類の二者択一的な矮小化された思考がこの国をすっぽりと覆ひ込んでしまふやうになった。二者択一的に問はれるならば、前者を支持する国民が圧倒的に多いことは最早明白な事実である。だとするならば、私ども「陛下の御健康と御長寿を祈り」続けてゐる者たちは、この圧倒的な「退位」支持論の大波を眼前にして、ただただ茫然自失の体でゐるしかないのだらうか。さうではあるまい。
 思ふに、陛下は「象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ」てをられるからこそ、その「お気持ち」を表明されたのではなかったのか。まさか、御自身の「退位」さへ実現されるならそれで良し、と思慮されて「おことば」を述べられたわけではあるまい。陛下は、「社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか」についての御自身のお考へを述べられ、それに対する国民の理解を求められたのである。
 その陛下の「お気持ち」に対し、「今後とも幾久しく御在位いただければ」と思ふ国民がゐたとしても、それは断じて「退位」か「終身在位」かを択一的に論じて決を採るやうな次元の話ではないだらう。「おことば」にある「我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ」に倣って、国民それぞれが「長い天皇の歴史」を真剣に学び、考へるのが先決だらう。まして代々、「宝祚無窮」を信じ、皇室の尊厳護持に挺身してきた先人たちの生き方を継承する斯界の人々にとってはなほさらの先決問題であるべきは論を俟たない。
 どのやうな天皇・皇室の「在り方が望ましいか」について、今出来ることは、今やる。今すぐには出来ない事柄は、その実現に向けて最大限の努力を営々と続けていく。「長い天皇の歴史」はその大切さを雄弁に物語ってゐる。



 では、今の我々に出来ることは何か。ここでは一つだけ挙げておかう。それは、今国会に提出された「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案」といふ法案の名称及び諸規定についての再検討である。別段、「退位」と言はうが「譲位」と言はうが、本質的な相異はないといふ見解もあらうが、果たしてさうだらうか。
 「最終報告」には「歴史上、律令においては、退位後の天皇は『太上天皇』と称されていた」とあるが、律令に規定されてゐるのは「太上天皇。譲位の帝に称する所」とあるやうに、「退位」ではなくあくまでも「譲位」といふ文言である。これこそ「長い天皇の歴史」を貫く公式にして伝統ある用語であり、「皇位を譲るべきお方(皇嗣)」がをられるからこその「譲位」なのである。
 断っておくが、本紙は何も特例法案の「退位」を機械的に「譲位」に断乎変更すべしと主張してゐるわけではない。「譲位」といふ言葉ひとつにも「長い天皇の歴史」が籠められてゐる事実を斯界は無論のこと、政府関係者及び国会議員諸氏には再認識してもらって、これからの「皇室制度の在り方」を真摯に考へるべきと提案してゐるだけのことである。



 今上陛下が、何よりも皇祖皇宗・天神地祇の祭祀を重んじられ、国家・国民の安穏・安寧を祈ってをられる御存在であられることはいふまでもない。それが「長い天皇の歴史」であることは、後桃園天皇の崩御により傍系から践祚され、そして歴史上最後の「譲位」をなされた、現在の皇室の直系の天皇である光格天皇の「石清水八幡宮、賀茂皇太神宮下上社」の臨時祭再興に関する宸筆御沙汰書を拝するならば一目瞭然であらう。
 そこには、櫻町天皇の「敬神」の叡慮を継承すること、それは「上皇御気色相伺之処、最御同意」でもあると認められてゐる。櫻町天皇の皇女・後櫻町天皇が「上皇」となられての御教訓に対する光格天皇の限りない感謝の念が漲ってゐる。これが「長い天皇の歴史」の一つの表徴であると斯界が再確認し、そこから「在るべき皇室制度」の実現に向けて勇往邁進すべきである。それが「おことば」に副ふ道であることを信じて。

平成29年5月29日

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