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杜に想ふ 青葉の陰 八代 司

平成29年06月05日付 5面

 新緑の季節、先人が「青葉会議」と美称した神社界の五月諸会合が代々木の杜で開催された。偶然、地方紙の随筆欄に「父の上京」と題し、抗癌剤治療中だといふ筆者の父親が神社本庁の表彰式に招かれた際のことが記されてゐるのを目にしたので紹介したい。
 文中には、自宅前に鎮座する常駐神職不在の神社で氏子総代を十八年間務め、山での榊採りや初詣の準備など、父親が重ねた日々の奉仕の姿に触れた上で、病身を押して上京したのは表彰式に出席するためだったと記されてゐた。さらに、「地元の神様に感謝」との小見出しの後、「式で父の名が呼ばれた時、ひとつの役を静かに遂行して、神社本庁から認められた父を、愚直なほど誠実な父を、誇らしく思った」とあり、さらに「間に合ってよかった、父が元気なうちに父の違う面を知ることができたと、小さな頃の遊び場だった地元の神社におわします神様に、初めて感謝した」と記されてゐた。
 いささか長文を引用させていただいたが、全国から集まった神社の宮司さんとともに、氏子など九十四人も表彰されたことも記されてをり、おほよそ表彰の栄に浴した方々の思ひが素直に伝はる名文であったので、一部の抜粋引用を御了承いただき、お祝ひと陰の支へに感謝の気持ちを共有したい。
 さて、天皇・皇后両陛下には、全国植樹祭への御臨席と地方事情御視察のため、富山県に行幸啓遊ばされた。
 その詳細は本紙記事を待つとして、実は富山県が全国植樹祭の発祥の地――戦後の地方御巡幸に際し、現地での格別な思召しによる「お手植ゑ」がその後の全国植樹祭に繋がったことが昭和天皇の侍従長を長く務められた入江相政氏の随筆の一文に記されてゐる。これに富山県神社庁役員の方が着目され、さらに、お手植ゑ杉の傍らの巨石群は、地元の方々もこれまでまったく気にとめることさへなかったが、実は「さざれ石」であったことも新たに確認された。
 これにより、神社庁では植樹祭を契機とした皇室敬慕の念の醸成に努めるべく、地元の方々と連携して諸活動を進められた。現地でも埋もれつつあった歴史を再確認し、県当局への働き掛けから知事の現地視察へと繋がり、植樹祭前には管内神職が一致団結して現地での下草刈りや、新たに遊歩道を整備するなど、延べ五十人以上が額に汗を流して奉仕された姿を目の当たりにすることができたことも感慨深いこととなった。伺へば、全国植樹祭を契機として、さらに今後もさまざまな教化活動に繋がる事業や新たな企画を順次展開される予定とのこと。
 まちづくりは、一過性のイヴェントを新たに創出するだけではなく、地元の歴史や伝統をいかに再確認し、新たな視点を加へつつ、点を線、面として永続した活動を広げることが大切であり、神社の教化活動もまた然りと想ふ。鎮守の杜の青葉の陰の広がりに想ひを馳せてみた。(まちづくりアドヴァイザー)

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