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論説 皇室典範特例法 君民一致による「譲位法」の成立

平成29年06月19日付 2面

 天皇の「譲位」に関する皇室典範の特例法が、六月九日に成立した。現憲法で天皇が象徴とされ、皇室典範が憲法より下位の一法律とされて以来、皇位継承に国会が関与するのは初めての出来事である。それが内閣と国会の協同的対応により、皇室典範と「一体を成すもの」との附則一項の追加はあったものの、退位とそれに伴ふ必要事項については一代限りの特例法の制定といふ形でひとまづ結着し、恒久制度化を懸念してゐた我々にとっても、その点ではともかく安堵し得るものとなった。
 当初は、政府与党と野党民進党などとの間で、特例法か恒久制度化を目指した皇室典範の改正かで厳しい対立があった。それも衆参両院の議長、副議長による事前の各党・会派の意見取り纏めの努力の結果、まったく異例と言ふべき法案提出前の「立法府の総意」が定まり、それを取り込んだ法案は衆院本会議における採決後、参院本会議で全会一致によって成立を見た。そこには、国民統合の象徴の天皇と国民との君民一致を求める麗しい精神伝統が働いたと言へるだらう。



 明治以来の皇室典範は、天皇の崩御のみを皇位継承事由としてきた。そのため政府が設置した「天皇の公務負担軽減等に関する有識者会議」においても、十六人の専門家ヒアリングでは、ほぼ半数が天皇の退位に反対もしくは慎重な意見を陳述してゐた。そこには天皇の恣意的退位や時の政治権力などによる強制的退位による都合の良い天皇の擁立などの一切を排除して、皇位の安定を図る歴史的叡智に基づく理由が存してゐた。
 それが今回、今まで国事行為や象徴としての公的御活動に精励してこられた今上陛下が御高齢になられ、今後もこれまでのやうな御活動を続けることが困難になることを案じてをられることに対し、その御意向にできるだけ副ふやう、慎重を期して皇室典範の大原則は維持しつつ、特例法によってその実現を図って差し上げるといふ方針で、内閣と国会が一致したわけである。それは恣意的退位や強制的退位などには当たらず、何よりも国民の天皇陛下に対する「深い敬愛」と、陛下のお気持ちに対する広範な「理解と共感」の存在が、最大の立法趣旨とされた。




 しかしながら特例法の成立は、憲法と皇室典範の解釈運用の面で重大な問題を残した。それは天皇の意思に関はる憲法第一条と第四条の問題で、今後、憲法改正の面からも検討を要する重要課題と言はねばならない。
 法律の名称に「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」とあるやうに、本来は「譲位」とすべきところが「退位」とされた。その理由について国会で質問された菅義偉官房長官は、「今回の皇位の継承は、天皇陛下がその意思により皇位を譲るといふものではなく、この特例法の直接の効果としておこなはれるもの」と答弁した。内閣法制局も天皇の意思を受けて典範改正等をおこなふことは、「国政に関する権能を有しない」と規定する憲法に違反する虞があるとして、天皇の意思を極力無視しようとしてきた。しかしそれは、あまりにも狭量で姑息な態度と言はねばならない。率直に言って、それは陛下の御譲位の御希望意思に副ったものではない。
 象徴の地位が「主権の存する日本国民の総意に基く」とはいへ、特例法の成立は一方的な国民の意思によるものではなく、当事者である天皇の意思と、「助言と承認」の責任を有する内閣と国民代表である国会の意思が一致したことを意味する。特例法制定が、昨年八月八日の天皇陛下御自身による「おことば」に基づくのは明らかで、それも内閣とも相談されながら、その諒解を得て表明されたものであったことは、後に明確となってゐる。また、天皇の譲位意思の確認については、皇族お二方と最高裁判所の長官・判事を含む三権の長ら十人の議員からなる皇室会議に諮るやうにすれば、憲法違反の虞の問題も解消されたはずである。




 憲法第七条の規定に則った天皇陛下による特例法公布を経て、三年以内には憲政史上初となる皇太子殿下への御譲位が実現の運びとなり、譲位に関する諸儀式をはじめ法律施行に向けて諸準備の検討が必要となる。譲位は二百年前の光格天皇以来となるだけに、いかなる形が相応しいのか各方面からの検討が必要で、過去の事例をも踏まへて真剣に考へていかねばならない。
平成二十九年六月十九日

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