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論説 夏本番を前に 自然に対する畏怖と感謝を

平成29年07月10日付 2面

 わが国が世界に誇る霊峰・富士山の山開きが七月一日におこなはれた。その富士山をはじめ各地の山々では、現在もそれぞれ古来の信仰に基づく山開きの儀礼などが続けられてゐる。また来る七月十七日には、明治九年に東北地方を巡幸された明治天皇が、灯台巡視船・明治丸で横浜へと還幸された日に由来する「海の日」を迎へる。
 平年であれば、今月半ば過ぎには各地から梅雨明けの報が届くやうになり、いよいよ本格的な夏が到来する。それは、山開きや海開きに象徴されるやうに、自然に親しむ機会が増える時期でもある。加へて子供たちの多くが待ち望んでゐる「夏休み」にもあたってをり、各地の神社では青少年を対象にした緑陰教室などがおこなはれる。鎮守の杜をはじめ自然の中でのさまざまな体験が、将来の大きな糧に、また、なによりひと夏の楽しい思ひ出となることを心から願ふものである。



 一方で政府はこのほど、夏期の水難・山岳遭難の防止「水の事故、山の事故を防いで 海、川、山を安全に楽しむために」をウェブサイト「政府広報オンライン」で紹介。海や山、川での行楽の機会が増える季節を前に、水難・山岳遭難の防止に向けた啓発に努めてゐる。水難については夏期における発生率が高く、七月・八月の二カ月間だけで年間の四割を超える事故が起ってゐるといふ。また警察庁が先日発表した「平成二十八年における山岳遭難の概況」によれば、山岳遭難の発生件数はこの十年間で倍以上になるなど著しい増加傾向にあり、山開きによる本格的な登山シーズンにあたって一層の注意喚起が求められる。
 先にも触れたやうに、これからの季節は全国各地の神社において自然と親しむやうな屋外での活動を含むさまざまな行事・催しがおこなはれ、例年、神道青年会・氏子青年会や神社スカウトなど各種団体も積極的に活動を展開してゐる。参加者の事故など危機管理にも十分に留意しつつ、それぞれ有意義な内容となることを期待したい。



 古来、日本人は「自然との共生」に努めてきた。また、さうした独得な自然観について、自然に対する畏怖と感謝を大切にしてきた神道との関はりが強調されるやうになって久しい。ただ昨今の水難や山岳遭難からは、単純な不注意や準備不足に起因するものなど、自然の脅威に対する認識について、ややもすれば疑問を感じさせるやうな事例も見受けられる。
 先人たちは、自然の働きに人智を超えた神々の存在を感じ、畏れ慎みながら祈りを捧げてきた。しかしながら、戦後の産業構造の変化等によって、多くの日本人にとって日常生活と自然との関係性は稀薄になり、自然と接することが「行楽」「レジャー」とされるなど、むしろ非日常的で特別なことと認識されてゐる現状もある。もちろん都市部における便利で快適な生活のすべてを否定し、自然回帰を絶対の理想とするものではないが、自然とともに生きることの知識や心得はどれほど継承されてゐるのか、さらには無知を背景とする驕りはないか、改めて問ひ直すやうなことも必要といへるのではなからうか。



 この継承といふことについていへば、従来は家庭内で親から子へ、さらには子から孫へと、もしくは共同体内部での年齢階梯的な組織において、いづれも日々の営みのなかで自然な形でおこなはれてきた。しかし戦後は、核家族化や地域における共同体意識の変容が急激に進み、さうした継承を困難にしてきたといへる。
 もとより、かうした継承によって受け継がれてきたものは、自然との共生における知識・心得や、それを反映した自然観のみならず、地域の歴史・伝統・文化に基づく先人の叡智の結晶であり、そこには神々に対する信仰そのものも含まれるだらう。その意味でも、常に地域とともにあり続けてきた神社が、歴史・伝統・文化の継承における最後の砦として果たすべき責務は、いよいよ重いといはざるを得ない。
 自然に接する機会の増えるこれからの季節、神々への畏怖と感謝に基づく伝統的な自然観を一つのよすがとしつつ、神社や神道について改めて理解を深めてもらふやうな取組みにも大きな意義があるだらう。神職・総代をはじめ全国の神社関係者のさらなる奮起を切に願ふ。
平成二十九年七月十日

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