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論説 教化・研修の季節に 「次の一歩」を見据ゑつつ

平成29年07月17日付 2面

 学校の夏期休暇を迎へるこの季節、神社界では教化活動や研修会が各地で活溌におこなはれることとなる。
 青少年向けの教化活動としては、境内でのラヂオ体操や緑陰教室、神社・神道に触れる集ひなどが開催される。またいはゆる氏子・崇敬者に対する活動だけでなく、帰省した子供たちを対象に故郷の伝統行事を伝へるための試みなどもおこなはれてゐる。加へて、全国氏子青年協議会の全国大会なども、ある意味では斯界の次代を担ふ神社関係者に向けた活動といふこともできるだらう。
 一方の研修活動としては、祭式・教養研修などで神職が資質向上に励み、また神社を支へる氏子総代などに対しても奉仕に役立つさまざまな内容について学ぶ場が設けられてゐる。かうした夏の行事は例年おこなはれてゐるものであり、またそれぞれが工夫を凝らして実施してゐる様子もうかがへるが、果たして現状に即してゐるのかどうか、もう一度検証する必要もあるのではないか。

 教化事業として、例へば子供向けの活動をする時、対象者がどの程度まで神道や神社・神話などについて理解してゐるのかを把握した上でなければ、十分な成果を挙げられないことはいふまでもない。しかし現状を見るとき、都市部を中心に地域社会における関係性が稀薄化し、民話や昔話なども以前に比べると接する機会が減少してをり、それは現在の親世代も同様である。
 さうした状況で対象者が神話といふものに触れた時に、果たしてどのやうに感じるのか。初めて接するがゆゑに新鮮なものと捉へて興味を示すのか、はたまた異次元の物を見るやうな反応を示すのか、さらには親世代がどのやうに反応するのか。さうした観察は、現場にゐる関係者でなければできないものである。
 このやうな事例は、教化事業に限らずさまざまな場面において想定され得るものであり、現場の関係者が事業の結果を分析し、その課題や問題点を把握した上で次に繋げていくやうな取組みを積み上げていくことが、より良い成果を生むために必須であることはいふまでもない。

 研修活動についても、同様のことがいへよう。祭祀の厳修に向けた祭式などの各種研修が例年おこなはれてゐるが、それぞれ研修後に内容を評価し、改善点を見出すことが求められる。そのためには、研修受講者も漫然と受講するのではなく、その目的を理解するとともに、自身にとって何が必要なのかといった問題意識を常に持たねばならない。さうした営みこそが、将来的な活動の活性化に繋がっていくのである。
 研修を主催・企画する側としては、さうしたことも踏まへて改善策を検討しつつ、より充実した内容とすべく努めるべきである。かつて神道青年全国協議会が昭和六十年代に夏期セミナーを始めた時には、当時の斯界における重要な問題を主題に掲げて活溌な討論をおこなひ、あへてタブーともいへる問題にまでも言及して研鑽に励んだ。一方的に講義を受けるのみでなく、課題の存在を認識し、かつその後の展開をも意識した研修が、それぞれに開催されることを切に祈るものだ。

 くり返しになるが、教化事業そして研修においては、神職・神社関係者が受身ではなく自ら主体的な意識のもと、その結果を次に繋げるといふ明確な考へを持って臨んでほしい。教化の場であれば、ただ日程を消化するだけでなく参加者・対象者の反応を感じ取りながら、今後の対策を講じていかねばならない。研修の受講に際しては、その成果を神明奉仕の中でいかに活かし、これからの自らの活動に繋げるのかを考へつつ取り組むべきであらう。
 「教化の夏」「研修の夏」といふ言葉は常々いはれ、今年も歴史を感じさせるやうなものから、新たな展望を以て企画されたものまで、さまざまな内容の活動がおこなはれる。まづは準備や企画に携はる事務局を含め、厳しい暑さの中で活動に邁進する神社関係者に敬意を表するとともに、「次の一歩」を常に意識しながら、より良き国づくり、そして人づくりのためにはどのやうな施策が相応しいのかも、併せて考へながら活動されることを願ふものである。
平成二十九年七月十七日

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