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論説 公共性の再認識を 神社のあり方と可能性を問ふ

平成29年07月31日付 10面



 去る七月九日に文化庁は、日本が世界文化遺産に推薦してゐた「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」の世界遺産一覧表への記載が決定したことを発表した。構成資産には沖ノ島のみならず、宗像大社の沖津宮遙拝所をはじめ中津宮・辺津宮なども含まれてをり、五月の四資産に関する除外勧告を覆す形で一括記載が決まった。このことは文化資産としての神社及び信仰の価値を認めたもので、すでに世界遺産となってゐる各地の神社関係の資産も含め、将来に向けた神社・神道の歴史と信仰文化の発信がより強く求められるところである。
 このやうに、文化的資源・歴史的資源としての神社や神道の価値が世界遺産といふ形で認識されつつある一方で、人的資源を含めた「公共財」としての神社の意義についてはどうであらうか。本紙今号には、政治哲学・公共哲学の観点から『神社と政治』を著した千葉大学の小林正弥教授と、國學院大學の宮澤佳廣講師との対談が掲載されてゐるが、神社の「公共性」を一つのキーワードとしたこの対談は、今後の神社のあり方・意義を考へる上で少なからず示唆するところがある。



 近年の新自由主義的な風潮の中で、これまで政府や地方自治体など公の領域にあったものでも、徐々に私の領域である民間セクターなどが担ふ傾向にある。小林氏は、「公」と「私」との中間に「公共」といふ領域・概念を置き、双方を媒介する「民の公共」「私の公共」の役割を考へる公私三元論を提唱してゐる。
 この公私三元論は、神社における公共性を考へる上でひじょうに興味深い観点ともいへるが、各地の小規模神社の実情から考へてみれば、「民の公共」といふのはある種、至極当然のことともいへる。対談でも触れてゐるやうに、専任神職がゐない、いはゆる兼務神社では、例祭をはじめ祭典の準備から神饌伝供まで総代がおこなふやうな現実がある。さうした祭典の実態からも神社の公共性を垣間見ることができ、小林氏の言葉を借りれば、まさに「民の公共」が機能してゐるともいへるのではなからうか。その意味では、かねてからボランタリズム的な側面を持つ祭典の準備や奉仕を通じ、なにゆゑ神社が守り伝へるべき大切な存在なのかを、総代や氏子崇敬者に説いていくことも重要である。「氏子離れ」の進行が指摘される今、そのやうな教化活動の必要性が昂ってゐるといへるだらう。



 神社は歴史的に、さうした地域の共同体に根差す存在であったが、大東亜戦争の終結後に国家との関係を断ち切られ、民間の宗教法人といふ立場から何とか公共性を恢復しようと努力してきた。ただ戦後七十余年を経た現在、ややもすれば神社自らが私法人といふ形で宗教法人法の中にどっぷりと浸かってゐるやうな状況もないだらうか。
 神道政治連盟会長を務めた宮﨑義敬氏はかつて、本紙の主張欄に「神社の商化活動を憂ふ」と題する一文を寄せ、広義の教化活動のつもりで始めたことが、いつのまにか御利益中心の商化活動になってゐる現状はないかとの懸念を表明した。それから三十年近く経つ昨今、広義の公益法人としての神社の枠を越え、まさに場合によっては営利に向くやうな活動も見受けられる。民間の営利企業からの提案などに基づき、神徳の宣揚とは次元を異にするやうな事例が増加することも危惧されるところであり、明治期からの公法人としてのあり方と、戦後の私法人としてのあり方が交錯するなか、神社の公益性・公共性について、神職個々の認識が問はれてゐるといへるだらう。



 近年は地域共同体における人間関係の稀薄化が叫ばれて久しいが、わづか氏子数戸の神社にあってさへ「ムラ」の鎮守様といふ「公」の意識は存在する。さういった、「お宮」と呼ばれるやうな神社のあり方を今一度見つめ直すやうな取組みも必要ではなからうか。また少子高齢化や過疎化が急激に進行し、神社の格差や二極化も懸念されるなか、神社本庁では過疎地域神社の活性化に力を注いでゐる。
 そのやうな現状に鑑みても、地域における神社の「公共性」を維持すべく、また一方で神社の「公益性」を地域社会において活かすべく、地域が共有する文化的資源・歴史的資源としての神社のあり方と可能性について、さらなる議論を深めていきたい。

平成二十九年七月三十一日

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