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杜に想ふ しなやかな伝承 神崎宣武

平成29年07月31日付 6面

 「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」がユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の世界遺産(文化遺産)に記載(登録)されることが決定した(七月九日)。おめでたいことである。
 劃期的な出来事でもあった。ユネスコの諮問機関(イコモス)の調査では、八つの構成要素のうち沖ノ島(宗像大社沖津宮)と周辺の三つの史跡(小屋島/御門柱/天狗岩)は、古代祭祀の遺跡として評価された。しかし、本土と本土に近い四つの要素(宗像大社沖津宮遙拝所/宗像大社中津宮/宗像大社辺津宮/新原・奴山古墳群)は、古代信仰との関係性が薄いとして除外するやう勧告を受けてゐた。それが、すべての史跡が一括、通ったのである。これまでに、ほとんど例のないことである。
 私が知るところでは、ユネスコの世界遺産では、「顕著な普遍性」が求められてきた。わかりにくい訳語ながら、世界の諸民族が理解を共有できる歴史的な意義のやうなもの、その成立とか祖型とかが比較的単純にたどれるもの、といふことになるだらう。
 さうすると、古代から海に生きる人たちが、島を御神体として崇めてきたアニミズム(自然崇拝)の象徴として沖ノ島とその周辺だけに集約されるのがわかりやすい。それが世界に通じる普遍性といふもので、イコモスの勧告は、そのところで的を射てゐたのである。
 ところが、日本には日本の「文化性」がある。今回の事例でいふと、島から離れた沖津宮・中津宮・辺津宮の類である。遙拝の装置群。ある時代から、それが神社建築をともなふことになった。つまり、沖ノ島の神を神道として祀ることになったのだ。このあたりの複雑な経緯は、世界にはなかなか通じにくいところであらう。それが今回認められたのだ。
 ポーランドのクラクフで開催された世界遺産委員会で、とくにロビー活動で、どんな説明がなされたのか、興味深いところである。といふのは、神々が坐します山や岬や島が日本には無類にあるからだ。先に世界遺産に記載された(平成二十五年)富士山も文化遺産で、信仰の山の象徴としての評価であった。その富士山に対しても、時代を経て遙拝所が各所に設けられてゐる。浅間神社・富士塚の類である。が、登録時には、それはほとんど話題にあがらなかった。私たちは、いまあらためて、全国各地の神体山とその遙拝所についても注目しなくてはならないのではあるまいか。
 先進国といはれる国々のなかで、これほどにアニミズムの伝統を伝へてゐるのは日本だけ、といっても過言ではない。各国各民族は、教祖や教義の確かな一神教といふ宗教をとり入れたところで、それが後退した。日本でそれが根づいたかたちで伝はったのは、ひとつには、遙拝の制度系・装置系を発達させたからに相違ない。古代信仰のしなやかな伝承、といってよからう。私たちは、そのことを、誇り伝へていきたいものである。
(民俗学者、岡山・宇佐八幡神社宮司)

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