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杜に想ふ 質問ありますか? 須浪伴人

平成29年08月28日付 5面

 縁あって、幼児教育に関する講演を聞く機会に恵まれた。“アクティブ・ラーニング”とやらに関するものだったが、子供の教育一つを取ってもここまで深いものなのかと感心することしきりだった。
 その中で気になったのは、保育士の世代についての話題だった。いはゆる“ゆとり教育”を受けた世代が新任の保育士や幼稚園教諭に増えてきてゐるといふ。少し前にこのことを扱ったテレビドラマが放送されてゐたが、現実は物語ほど美しくはないらしい。
 講演によると十数年前、小学生を対象にとある試験が実施されたさうだ。問題は二つあって、最初に平行四辺形の面積を求める問題、次が地図上で示された平行四辺形の空き地と正方形の公園の面積を比較せよといふものだった。ひとつめの問題は正解率が九割以上。ゆとり教育といっても最低限の知識は与へられてゐることは明らかだった。しかし、恐るべき事態は二問目だ。
 地図上の空き地と公園は、ともに縦横の長さが直接示されてはゐない。代はりに周囲の道路幅や他の部分の長さが明記されてゐて、そこから類推することで必要な数値が導き出される。読者諸氏も小学生時に取り組んだことがあるだらう。
 この問題の正解率がなんと三割以下だったさうだ。講師によると、決められたことを与へられた手順で解決する能力はゆとり教育以前とさほど変はらないが、いざ応用、とも言へない程度なのだが、発展的思考がまったくできない子供が多くゐたといふ。
 そこでふと思ひ起こしたのが、これまたテレビ関連で申し訳ないが、ハーバード大学の講義を収録した「白熱教室」といふ番組だった。講師がさまざまな質問を学生たちに投げかけ、その答へに対してさらに問ひが与へられるといふ形式で授業が進む。果たして、これと同じやうなことが日本の学校で可能だらうか。
 かく言ふ自分自身も含め、学生時代から社会人になった今も、何か質問はあるかと訊かれて手を挙げたことがある人は何人ゐるだらうか。応用問題が解けないのと質問が浮かばないのとは別のことだとの反論があるかもしれないが、考へてゐないといふ点では同じではないのか。
 もちろん、ヘタな質問をして笑はれたくない、自分だけ目立つのは控へたいなどといった余計な感情もその妨げになるだらうし、聞く耳を持たず頭ごなしに否定する年長者もゐる。
 しかし、その結果として作られた世の中が現状だとしたら、そして考へることを放棄した、あるいは放棄させられた世代が多数を占めて行くとしたら、これから先はどうなるのか。せめてこれからどうすれば良いのか程度は考へてみたい。
(神職・翻訳家)

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