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杜に想ふ 恩頼の響き 涼恵

平成29年10月09日付 5面

 皆様は、“恩頼”のことを一般の方々にどのやうにお伝へするだらうか。私事ながら現在新作アルバムを作製してをり、その題名を「みたまのふゆ―恩頼―」としてゐる。一般的には、漢字で表記しても読めない方が殆どで、意味を知る人も皆無に等しいだらう。稚拙な表現で私なりに伝へてみても、どこか物足りないといふか言葉では説明し切れない。
 恩頼とは、神様からの御加護のなかで、“浄化され、命が躍動する”そんな様を表してゐるのではないだらうか。御霊が震へる……生かされてゐる。御霊が増える……活かされてゆく。冬の語源がさうともいはれるやうに、命が凝縮されて増殖することで、次の季節を迎へ、張る、晴れ、の意味を持つともいふ春になるのだ。
 少し視点を変へて、英語では恩頼をどう訳するのかを語学堪能な先輩神職に尋ねてみた。すると、「状況によっていろいろだらうけど、ディヴァイン・サポート(divine support)って訳してる。一般の人には、お蔭様くらゐが分かりやすいんぢゃないかな」と、シンプルな返答に思はず納得してしまった(ディヴァインは「神からの」「天与の」などの意)。
 神様のお蔭様。私自身、呼吸をするほど自然に、いつも神様とのつながりを感じてゐる。表現が子供っぽいのだが、毎日何回も神様に問ひかけてしまふ。それと同時に、絶えず見守られてゐる感覚が巡ってゐる。私のなかに神様がいらっしゃるから、命がある。存在が重なるといふのか……。なんだか言葉を綴るたびに、仰々しくなってしまふ。自分にとってとても自然なことなのだが、その感覚を言葉で伝へることは、やはりとても難しい。
 言葉には霊力がある。まさに言霊。とくに大和言葉には強い力が残ってゐると感じてゐる。「みたまのふゆ」と発語するだけで、ゾワっとするのは、きっと私だけではないはず。初めて祝詞を聴いたときの感覚が今でも忘れられない。小学生低学年のころ、意味は分からずとも魂が震へ活性化される気がした。
 ことばとは五十音からなる“五十波”。音楽に携はる者として、日本語に籠められてゐる音の響きの豊かさには圧倒される。ヴァイブレーションといふのか、波動といふのか。一音一音に魂があると言ふべきか、力が強いのだ。情景が浮かぶのが大和言葉。説明したり教へたりではなくて、感じることで伝はる。神様の名前もさうだらう。単純にその言葉よりも多くの意味を持つ。背景がある。
 “恩頼”たった二文字で、こんなにまでも情景が浮かび上がる言葉があるだらうか。言葉では説明し切れない現象や感覚を、昔の人たちはどうやって伝へて来たのか。
 今まで何人もの先人たちが、神様との結びつきや目に見えない存在に守られてきたことがあるから生まれた言葉なのではないだらうか。神祕を感じて已まない。
(歌手、兵庫・小野八幡神社権禰宜)

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