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杜に想ふ 拝する人 神崎宣武

平成29年10月30日付 7面

 私の仕事場(東京都台東区谷中)近くにある天王寺は、毎日の散歩コースになってゐる。
 私は、この天王寺のたたずまひが好きである。木立に囲まれた芝生の庭があり、その向うに横に広い本堂。甍が高くはなく、八本の柱も仰々しくはない。奈良の十輪院を模した、といふが、私は正倉院を連想する。よく見れば、コンクリート柱の近代建築。しかし古風が漂ふたたずまひである。
 開山時は日蓮宗だったが、江戸幕府の日蓮宗(不受不施派)への弾圧があり、元禄十一年(一六九八)に天台宗に改宗した、といふ。
 本堂を正面にして左手に大仏像がある。正確には、釈迦如来坐像。元禄三年(一六九〇)の鋳造であるから、日蓮宗時代である。
 それはさておき、この大仏の表情がまことによろしいのである。私には「神々しく」もみえる。私は「南無阿弥陀仏」、とは唱へない。柏手こそ打たないが、「とほ神えみ給め」と三種の祓ひ詞を唱へる。それで十分に意が通じる、と思へる鷹揚なお顔なのである。
 勤行中でない時は、本堂の縁側に座らせてもらふ。そこから通りの往来が見える。しかし、通りからも門をくぐってからも、拝する人はほとんどゐない。
 いまになほ不可解なのは、立派なカメラを構へて盛んに写真撮影をする年配の男性諸氏のふるまひである。撮影はよいとしても、はじめに帽子を脱ぎ一礼してからにしたらいかがか。が、さうする人は十人に一人ゐるかどうかだ。たぶん、諸神社での祭礼のときも同じだらう。
 つい最近のこと。若い西欧系の男性が二人、門をくぐってきた。キョロキョロしたのち、手水所に向かふ。それぞれに杓を持ち、お互ひに所作を確認するやうに手水をとる。ぎこちないが、理にかなった作法である。
 そのあと、大仏に拝した。そして、私にも会釈したのち、本堂の前で合掌をしたものだ。とくに日本になじんだ人たちではなからう。ガイドブックであれこれ確認しあってゐたし、スマートフォンで音声ガイドを聞いてもゐた。
 さういへば、この界隈では西欧系の観光客をよくみかける。ガイド付きの散策コースもあるらしい。私がみるかぎりでは、彼らはおほむね行儀がよい。そして、右の二人のやうな例も目にしだしたのである。
 対して、私たち日本人はどうか。ヨーロッパの教会などで、帽子を脱ぐやう注意される日本人が増えてゐる。と、最近、旅行関係者から聞いた。
 神前や仏前で拝礼することは、歴史や文化に対しての敬意といふもので、地域や民族をこえての作法にほかなるまい。国際的には「おもてなし」が高く評価される日本人。しかし、あらためて、神仏に対しての「もうひとつの国際化」を認識しなくてはならないのではあるまいか。
(民俗学者、岡山・宇佐八幡神社宮司)

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