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杜に想ふ 暦のはなし 須浪伴人

平成29年11月13日付 5面

 今年もはや霜月となり、残り二カ月足らずとなった。若い頃は「早く夏休みにならないか、早く正月にならないか」と思ってゐたが、そんな自分が「光陰矢の如し」を実感する歳になったとは。
 それはさておきこの十一月、英語では「November」と言ふのは御承知の通りだが、九月(September)以降がそれ以前とは異なる規則で名前が付けられてゐるやうに感じたことはないだらうか。例へば九月以降はすべて「ber」で終はってゐる。調べてみたところ、ことはローマ暦にまで遡るやうだ。
 古代ローマでは一年が十カ月と残りの約六十日で構成されてゐたらしい。そのなかで現在の九月は七(Septem)の月とされ、後は順番に九(Novem)の月、十(Decem)の月と定められてゐた。十番目の月が終はるとしばらく日付のない日が続き、春めいてきた頃に王が新年を宣言する。大雑把なところが何とも言へない。
 ローマ暦はたびたび改変され、やがてそれまで一年最初の月とされてゐたものが三月と変更された。にも拘らず名称はそのままにされたため、七の月(September)は現在の九月へとズレてしまった。その後、共和制ローマ及び帝政ローマで使はれるやうになるユリウス暦が定められる。ここにきて七月はかのユリウス・カエサルに因んで「Julius」、八月はローマ帝国初代皇帝アウグストゥスから「Augustus」とそれぞれ変更された。現代の英語で「July」や「August」と表されるのも、この時代に定められたものをそのまま受け継いでゐるからだ。
 アウグストゥス以降も歴代皇帝が自らの名を月に付けようとしたらしい。コモンドゥスなる皇帝に至っては、十二カ月すべての名称を変更したやうだ。幸ひにも最終的に残ったのは七月と八月の二つだけとなったが。
 現代でも農家が旧暦を用ゐて作業日程を立てるなど、わが国に限らず暦は生活に密着した重要な位置にある。古代ローマで「日付のない日」の存在が許されたのは、それが農作業等に影響のない冬の期間であったからで、大雑把とは言へ、理に適ってゐる。
 名前が変はると言へば先日の選挙でもラベルを張り替へて出馬した先生方がいらっしゃったが、これもまた暦と同様、国民の間には定着しなかったやうだ。ちなみにすべての月名を変へたコモンドゥスは、自身も幾度となく名を変へてゐる。決して暴君ではなかった彼はしかし、最後は暗殺された。余計なことだが深読みしたくなる。
 ちなみに、カエサルとアウグストゥスが自分たちの名前を付けた月を無理やり割り込ませたから七月以降がズレたといふのは俗説らしい。これもまた彼らが絶大な権力を振るったがゆゑのことだらう。名誉のために紹介しておく。
(神職・翻訳家)

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