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杜に想ふ 資料の提供 武田幸也

平成29年11月27日付 4面

 先日、ハーバード大学での筆者の受け入れ教員であるヘレン・ハーデカ先生の授業で教派神道について話す機会を得た。その際には教派神道連合会より資料を提供いただいてをり、このやうな機会を与へていただいたハーデカ先生と教派神道連合会の方々に感謝申し上げたい。
 筆者が聴講してゐるハーデカ先生の授業は「Religion and Society in Edo and Meiji Japan」といふもので、主として江戸時代から明治時代を対象とする宗教史に関するものであり、毎週水曜日に朝の九時から十一時までおこなはれてゐる。さらに不定期ではあるが、その授業の後に十一時から十二時まで大学院後期過程向けの日本宗教史関係の資料についての紹介・解説がある。筆者が発表したのはこの大学院後期過程向けの資料紹介・解説の授業においてである。
 さて、筆者の発表は「近代神道史における教派神道」と題するもので、筆者のこれまでの研究を基盤として、近代神道史における教派神道研究の意義を中心に話させていただいた。具体的には教導職制度期に個別教団の結集がはじまり、神官教導職分離以後に各教団規則が制定されて近代的な教団形成がなされていくことを話した上で、個別教団の関係や動向を窺ひ知れる資料として教団規則や雑誌資料を軸に解説をおこなった。
 発表では時間の関係もあって意を尽くせぬ点もあったが、質疑応答等を通していくつか気づかされる点もあった。ここでは、そのことについて一つ触れて置きたい。
 それは資料のデジタル化とアクセスの問題である。確かに海外の研究者からすれば、日本宗教関係の資料がデジタル化されアクセスがしやすくなってゐるとはいへ、近世以降の神社や神道に関する資料が体系的かつ豊富にデジタル化されてゐるとは言ひ難い状況にあり、インターネットを通じて資料にアクセスするにはなかなか困難なこともあるやうである。
 恐らくそのためか、授業で紹介されてゐる資料についてもデジタル化されたものより、『明治維新神仏分離史料』のやうな一定のまとまりを持つ資料集や個別神社史・寺院史をはじめとする資料が取り上げられる傾向が多かったやうに思はれる。
 海外の日本研究者に対して資料をデジタル化して公開していくことがひじょうに重要であることは言ふまでもないが、ある程度体系だった公開を考へる必要もあるといへよう。さらに、資料に関はる情報についても積極的に発信していくことが求められてゐるやうに思はれるのである。
 最後に筆者の発表はすべて日本語でおこなはれたものであることを付記しておく。
(國學院大學助教・ハーバード大学ライシャワー研究所客員研究員)

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