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論説 如月を迎へて 神社が正確な情報発信を

平成30年02月05日付 2面

 平成三十年も年明けから一カ月を過ぎて節分を迎へ、各地の神社では初春のさまざまな祭典・行事を終へて、その総括をおこなふ時期といへるのではなからうか。本紙にも概要が掲載されてゐたが、今年は総じて落ち着いたなかで年越しを迎へたやうで、一部で悪天候等の影響などもあったやうに仄聞するが、全体的に見れば参拝者数等に大きな変化は見られなかったやうだ。
 一方で初詣を控へた年末にあたり、テレビをはじめマスコミが神社を取り上げる機会が増えてゐるやうに感じられる。テレビの情報番組や旅番組などで神社特輯が組まれ、著名神社の紹介だけでなく、迎春準備の心得などが神社との関はりで放送されてゐたといふ。具体的に過去のマスコミによる放送件数との比較をおこなったわけではないので正確な増減などはわからないが、さうした結果として、例へば氏神の問合せ先として神社庁が紹介されたことで、ウェブサイトにアクセスが殺到して繫がりにくくなるといったこともあったやうだ。
 マスコミにより紹介されることで多数の参拝者が訪れ、また改めて神社の存在価値が見直されることもあらう。ただ一方で、不適切な取り上げ方をされることで誤解を招くやうな虞もある。伊勢の神宮における式年遷宮を契機に、いはゆる「神社ブーム」がおこり、それが観光も含めた有名大社への参拝気運を盛り上げるだけでなく、拝礼作法や初詣に際しての注目などに広がりを見せてゐる。さうした現在の流れについて、冷静に注視しておくべきであらう。


 昨今のテレビ番組においては、手水や拝礼作法を解説してゐるものが多く、また神門や鳥居の前での一礼を推奨したり、服装を正すことなどにも触れたりしてゐる。かうした説明は基本的に全国共通のものといへ、これまで神社・神道にあまり接することのなかった世代が、これらの情報によって知識を得て、より親近感を持って初詣に訪れたり、神社における行事に参加したりするやうになるのは望ましいことといへよう。
 もとよりかうした参拝作法などは、家庭や地域のなかで自然と伝へられ、ことさら知識として伝承するやうなものではなかった。だが現在では、核家族化や単身世帯の増加、地域共同体の変容、さらには伝へる側の立場にある戦後生まれの年齢層の世代的な傾向もあるのか、若年層が神社関係の情報に接することが少ない状況もあるやうに感じられる。さうしたなかで現在の若年層は、ウェブサイトやテレビ番組等で知識を得てをり、結果的に世代間の影響を受けずに情報を得てゐるのが実情といへるのではなからうか。


 一方、神社に求められる知識・情報は参拝作法や神事に関はることに限らず、地域に伝はる民俗行事などにも及び、さうした民俗行事は地域それぞれの特色を持つものが多い。ただ手水や拝礼の作法などは基本的に全国共通だが、民俗行事などは地域性があることから、広く一般的な情報としてテレビやウェブサイトで提供するには馴染まないものもあるだらう。
 例へば、「松の内」と呼ばれる正月期間の定義と、それに伴ふ正月飾りを外す期日などは地域の伝承や家風によってそれぞれ異なる。しかしウェブサイト上の情報やテレビ番組の内容には、それが全国的な風習なのか、地域的なものなのか判然としないものも見られ、そこに混同や誤りがあれば正していく必要もあらう。神社は地域の伝承・習慣を伝へ、伝統を守り伝へていく役割があり、とくに全国一律ではない知識については、その前提のもとそれぞれが情報発信をしていかねばならないのである。


 全国の神社には、氏子崇敬者とともに慣習的に伝へてきた伝統があるが、それをある程度まで意識的に発信すべき時が来てゐるのではないだらうか。まづは全国一律の習慣と併存してきた特有のものについて、個々の神社自身が今一度見直していくことが必要であり、さうした営みは、それぞれの地域社会において神社の本質を求めていくことにも繫がるのではなからうか。
 かつて一社の神学といふ言葉で言ひ表されてきたやうな伝統や伝へられてきた地域文化を、神社としていかに理解して言挙げすべきか、それぞれの立場で考へていきたい。
平成三十年二月五日

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