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杜に想ふ かちかち山 八代 司

平成30年05月14日付 5面

 「むか~し、むかし、あるところに」と始まる昔話は、子供の頃に母から寝物語によく聞かせてもらった。お話に出てきさうな茅葺き屋根の民家は、平成の現代では山間の集落でも珍しく、観光地や文化財として保存されてゐるのが大半ではなからうか。某携帯電話会社のテレビコマーシャルでは昔話の代表格とも言へる桃太郎、浦島太郎、金太郎の三人が「英雄の三太郎」として鬼や他のお話の登場人物たちとも“コラボレーション”をして新たな物語を創出してゐる。次の展開をも期待させて観てゐて楽しく、¥外字(b267)でも数年来、好感度ナンバーワンコマーシャルとのこともうなづける。
 さて、語り継がれてきた数ある日本の昔話も、現代社会ではいささか従来とは捉へ方が異なってきてゐる。平成二十一年、当時、裁判員制度が導入されることとなり、香川県の小学校で昔話「かちかち山」で模擬裁判が開廷された。御存じの通り、いたづらタヌキを捕らへたお爺さんが出掛けてゐる間に、言葉巧みに縄を解いてもらったタヌキがお婆さんを撲殺し、その敵を討つべくウサギが活躍して最後に仇を討って一件落着、めでたしめでたし。といったあの話である。
 登場人物は老夫婦と一匹と一羽であるが、小学校六年生による裁判で「懲役九年の実刑」が求められた被告が誰かを本紙の読者諸氏は御存じであらうか。それがタヌキを殺害した罪を問はれたウサギと知って驚愕した。私自身は、絵本の表紙に描かれるカチカチと音を出す火打石を手にしたウサギと燃えた薪を背負って逃げる悪ダヌキを見て、悪いことをしてはならないと父母に教へられ、子供心にもさう思って今日までを生きてきたからだ。
 自分自身は事件関係者でも法曹関係者でもないが、明らかに違和感を覚えたため、早速、書店で絵本を購入し、図書館にも足を運んで読み比べてみた。すると市販されてゐる絵本には、タヌキがお婆さんを殺し、タヌキ汁ではなく婆汁をお爺さんに食べさせるといった表現は残酷として教育上の配慮から記載のないものが多かった。さらには泥船に乗ったタヌキが¥外字(b375)れる結末の場面描写も実にいろいろで、タヌキが山へ逃げ帰る態や、お婆さんの怪我が完治して改心したタヌキまでもが登場して「みんなで おもちをたべて、なかなおりを いわいました。」とのハッピーエンドとなるものまで実にさまざまであった。
 この論法で他の昔話を裁いたとしたら、鉞を担いで熊にまたがったら虐待で脅迫罪、きびだんご程度の低賃金で危険業務を命じた雇用者は労働基準法違反であり、かつ島で平和に暮らしてゐた鬼達を殺害し、財産をも奪った強盗殺害事件ともなる。
 時は流れ、あの「昔話裁判」の被告も刑期を終へて無事出所したであらうか。また当時の裁判員たちもすでに成人したが、あの時の判決についてどう思ふか、あらためてそれぞれに問ひたい気がしてゐる。
(まちづくりアドヴァイザー)

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