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論説 明治神宮遷座祭 大御代を敬仰し精神の継承を

平成30年05月28日付 2面

 明治神宮で五月十八日、浄闇のなか厳かに仮殿遷座祭が斎行された。二年後に迎へる鎮座百年祭の記念事業の一環として昭和三十三年の戦災復興以来となる社殿群の銅板屋根葺替工事にともなふもので、来夏には工事を終へて本殿遷座祭が斎行される予定だといふ。このほか記念事業として神宝の新調・修復や「明治神宮ミュージアム」の建設等も取り進められてゐると聞く。
 時恰も明治維新百五十年の節目にあたる今年は、明治維新と明治天皇の大御代を振り返るに相応しい時だといへよう。明治神宮の鎮座百年を再来年に控へ、明治維新の大業をはじめ明治天皇の聖徳を敬仰する気運のいよいよ昂ることを期待したい。


 維新草創期の明治四年に発せられた「神社の儀は国家の宗祀にて一人一家の私有にすべきに非ざるは勿論の事に候処……」との太政官布告は、近代以降の今に続く神社のあり方を決定付けたともいへる。かうした当時の先人たちの理想を含め、いはゆる「明治の精神」の顕彰と継承の重要性について戦後一貫して力説してきたのは、本紙創刊にも深く関与した葦津珍彦であった。
 さうしたことを踏まへつつ、明治維新百五十年にあたり本社では葦津の筆による『大日本帝国憲法制定史』(明治神宮編、サンケイ新聞社発行、昭和五十五年)を復刊(附『明治憲法の制定史話』)し、さらに新装版『永遠の維新者―西郷隆盛評伝―』を発刊。また紙上においては「明治神道人の足跡」と「顧みる明治の御代―あの日あの時―」といふ二つの企画を連載中である。
 明治維新以来の近代のわが国の歴史については、結果的に大東亜戦争の敗戦に至るといふこともあり、ややもすれば短絡的にすべてをそこに収斂させ、過度に批判的に捉へるやうな向きも存在する。まづは血の通った先人の営為の積み重ねを真摯に顧み、その上で「明治の精神」の顕彰と継承に努めることが何より大切であらう。


 神社本庁に関しても、精神的統合の紐帯として昭和五十五年に制定された「神社本庁憲章」で、「明治の制もまた神社を国家の宗祀と定めて、大道はいよいよ恢弘された」ことに触れつつ、「神祇を崇め、祭祀を重んずるわが民族の伝統は、高天原に事始まり、国史を貫いて不易である」と強調。戦後の未曽有の変革に遭ふなか神社関係者の総意によって全国神社を結集する神社本庁が設立され、道統の護持に努めることになった旨が明示されてゐる。現在の本庁もまた、神話に¥外字(9434)る歴史はもとより、明治以来の神社のあり方をめぐる先人たちの精神的な理想を引き継いでゐるのである。
 本庁設立から七十年余を経て神社をめぐる内外の環境は大きく変化し、神職をはじめ神社関係者にも次第に意識の変容があるとすれば、この機に改めて先人の思ひに立ち返ることの意義もさらに重みを増す。もちろん「国家の宗祀」とされた神社とそこでの祭祀は「国史を貫くわが民族の伝統」として、「一人一家の私有」に陥るやうなことがあってはならない。今、さうした神社・祭祀のあり方を誰がいかに担保していくのかも問はれてゐるのではなからうか。


 本紙今号に掲載の通り、今年も神社本庁の定例評議員会を中心とする「青葉会議」が開催されてゐる。
 戦後の混乱期に、先人たちはそれぞれの地位や名誉などとは無縁に、ただひたすらに全国神社を護るとの一念のもと大同団結を図るため神社本庁を設立し、さらには「全国神社の連帯を強化する神社界唯一の全国的メディア」(本紙社説「創刊六十周年に際しての誓ひ」、平成十八年七月三日付)として「神社新報」を創刊したのである。神社の護持と、そのための大同団結や連帯については、終戦直後に限らず課題の山積する現在も重要であることはいふまでもない。もとよりその前提として、「国史を貫くわが民族の伝統」を護持するといふ使命の尊く重いことを常に意識し、それぞれが自らを厳しく律していかねばならないだらう。
 明治維新百五十年の節目の年に斎行された明治神宮の仮殿遷座祭にあたり、明治維新に始まるわが国の近代以降の歴史と、なによりそれを導かれた明治天皇の聖徳、そして神社の歩みを振り返りながら、これからの神社界と神職はじめ神社関係者のあるべき姿を見つめ直したい。

平成三十年五月二十八日

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