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杜に想ふ 願掛け 八代 司

平成30年06月11日付 5面

 先日、思ひがけなく母が入院をした。地元大学の医療研究プロジェクトによる検査で偶然にも頭部内に病巣が見つかり、一昼夜以上に亙った大手術も主治医や医療スタッフの皆様方のお蔭で無事に成功し、術後の経過も極めて順調で過日退院することができた。病気平癒の願掛けほどきにあたり、神様からいただき、祖先から繋がる命を思ひ、自分の年齢まで父母ともに揃って元気で日々を過ごせてゐることの神恩感謝の気持ちをあらたにしてゐる。
 さて、今年は明治維新百五十年、そしてまた今上陛下の御即位三十年目の慶節であり、わが国の第九次南極観測越冬隊が雪上車で、日本人として初めて南極点に到達してから五十年でもある。
 昨秋、阿部雅龍氏にお会ひすることができた。彼は日本人として初めて南極を探検して「大和雪原」を名付けた白瀬矗中尉と同郷の秋田県出身で、白瀬中尉の夢を繋げるべく「大和雪原」を通っての南極点到達を目指してゐる青年である。以前、その夢の実現のために、人力車を牽いて全国の一宮を巡拝するといふことを地方紙の記事で目にした。気になって彼のウェブサイトを見ると、人力車でのチャレンジの理由は三つで、「人力車と母国日本が好きだから」「トレーニングになる」「人力車を引きながら見える日本を多くの人に知ってほしい」とのこと。そして、巡拝の理由については、神社が好きで、諸国を巡ることで文化や風習が見えることを挙げ、さらには南極遠征実現の思ひを強くし、「気合と根性を入れる為に日本中の神様に誓いを宣言して誰よりも気合を入れて、白瀬中尉に会いに彼の墓前に『実現の為にこれだけ努力してきました。』と報告をしに行きます」とも記されてをり、居合はせた私と同郷の青年神職と読んで、いたく感心をしてゐたことがあった。
 その青年神職が郷里へと帰る国境の峠の山道で、人力車を牽く阿部氏と偶然にもすれ違ひ、かの記事を思ひ出して、車を引き返して話してくれたことが御縁となり、その翌日、私も阿部氏と会ふことができたのが昨秋のこと。鹿児島の枚聞神社を出発し、真夏の太陽の下で赤銅色に焼けながら人力車を牽いて諸国津々浦々の小祠も巡拝し、時にはその神前で篠笛を奏でてきたといふ青年の紺地の半纏の襟に「夢を追う男」と白く染め抜かれてゐた姿が実に印象的であった。今年は、南極点到達へのルートの中でも高難易度の白瀬ルート実現のため、ノーマルルートによる南極点無補給単独徒歩到達千百三十㌔に挑戦されるとのこと。
 彼の挑戦は、道中で決意をあらたにして祈りと誓ひを捧げた神々も必ずやみそなはしますことであらうし、達成の折には御礼参りの巡拝をされるとのこと。願はくはこの拙文をお読みいただけた神社界の諸氏の皆様方よりも声援をお贈りいただければと切にお願ひ致したい。(まちづくりアドヴァイザー)

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