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杜に想ふ 相手への感受性 涼恵

平成30年07月02日付 5面

 「忖度」。皆様はこの言葉からどんなことを想像するだらうか。昨年には流行語大賞にまでなり、どこか歪んだイメージをお持ちの方もいらっしゃるだらう。でも元来の意味はとてもすばらしい。現代社会において、むしろ必要な倫理観ではなからうか。
 今年に入って、この話題に触れることが多かった。ある宮司さんは「忖度ばかりが独り歩きしてゐるやうに見えるが、惻隠と対で考へるとより意味が深まる」のだと教へてくださった。「目下の者が目上の者に気を遣ひ忖度する。にも拘らず目上の者が目下の者へ惻隠の心が足りないから、世の中をかしくなるのだ」。
 確かに何事も循環し交感することで相乗効果を発揮するもの。言葉にするのは難しいが、深い意識のなかで絶えず循環してゐるエネルギー(熱量)がある。それらが引き合ひ引き寄せられて、神様と自分との関係、家族、友人、恋人、人と人との関係を結んでゆく。
 ありがたいことに、私は何度となく周りの諸先輩方にしっかりと支へられてきた。
 至らない自分に対して寛大な忍耐力と許容……まさに惻隠をいただいてきたからこそ今がある。そのたびに、いつか恩返しができれば良いのに……この期待に何としてでも応へたいと強く感じて、己を鼓舞してきた。
 渦中にゐる間は、なかなか気付けないもの。独りでは決して乗り越えることのできない壁を、人の手を借りて知らずに乗り越えてゐた感覚……皆様にも覚えがないだらうか。
 相手の立場になってものを考へる。
 子供のころから母親に口酸っぱく言はれ続けたことの一つ。相手が喜ぶことは何かと想像し行動する。実際のところ、これが難しい。なかなか身に付けられない自分に今でも歯痒さを感じてゐるのだが、コミュニケーションが上手くゆかないときの原因は、大体がかういふ点が欠けてゐることが多いやうに感じる。
 相手への配慮といふのは、多少の経験が必要だらう。自分がされて嬉しかったこと、嫌だったこと、してほしかったこと――その記憶が次へと繋がってゆく。きっと人は皆、相手に共感する器を持って生まれてゐる。育むか閉ざすかは本人次第。
 現代社会のなかで他者との関係が稀薄になればなるほど、均衡を保たうと、人は個人の欲望へと走ってしまふものなのかもしれない。結局のところ周りのことも自分のことも信じられてゐないのかもしれない。相手がゐれば、独りで判断するときとは違ふ行動を決断することもあるだらう。損得感情だけでは推し量れない神祕がこの世のなかにはある。
 まづは自分から、思ひやる行動をしてみてはどうだらう。それは、自分のなかの神様が求めたおこなひと言へるかもしれない。
 常に命は、誰かと、何かと呼応してゐるのだと私は想ふ。
(歌手、兵庫・小野八幡神社権禰宜)

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