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論説 夏越大祓にあたり 伝統と神社活動の活性化

平成30年07月02日付 2面

 各地の神社で大祓が執りおこなはれて迎へる七月。六月と十二月の大祓は犯した罪や穢れを祓ひ清めて清々しき心持ちに立ち返り、改めて清らかな日々を送るためにおこなはれてゐる。このうち六月の大祓は「水無月大祓」「夏越大祓」とも呼ばれ、十二月と同様に形代を用ゐて祓ひをおこなふとともに、六月に特有のものとして「茅の輪くぐり」の神事をおこなってゐる神社もある。
 この夏越大祓は、わが国で連綿と伝へられてゐる清らかさを求める心の発露ともいふべき行事であり、浄明正直の姿に返るべく、神社界では当然のやうに続けられてきた。しかし正月の初詣や例祭などの祭礼、また節分行事のやうに大規模なものではなく、一方で初宮・七五三などの人生儀礼のやうに特別な華やかさもあまりないことから、一般への滲透はそれほどでもないやうに感じられてきた。ただ近年はいはゆる「神社ブーム」のなかで、「大祓」が注目されてゐるかのやうな傾向もあるやうに思はれる。



 日本の暦は、明治六年から新暦(太陽暦・グレゴリオ暦)となった。それまでは、いはゆる旧暦(天保暦・太陰太陽暦)が使用されてをり、六月大祓は当然旧暦の六月末日におこなはれてゐた。この旧暦の六月末日は大暑(新暦七月二十二日頃)を含む一カ月間となるため、大祓は夏の盛りから終はりの季節となって「夏越」の名にふさはしく、その期間には疫病除けに関する行事などもおこなはれてきたのである。
 罪を祓ふことと穢れを祓ふことの二つの神事が融合していくことは当然の成り行きであり、夏越大祓は茅の輪くぐりや水辺における祓ひとともに、明治の改暦後も夏越の名を残して続けられてきた。月遅れなどの地域もあるが、いづれにしても古くから伝へられてきた行事であり、時代の流れのなかでも古来の形態を残しつつ、また、その時々に相応しいものを取り入れながら受け継がれてきたといへる。



 さうしたなか、夏越大祓に因んだ「夏越ごはん」といふ新たな「行事食」が提唱されてゐる。公益社団法人「米穀安定供給確保支援機構」による取組みの一つで、蘇民将来が素盞嗚尊を「粟飯」でもてなしたといふ伝承にならった「粟」をはじめ、邪気を祓ふとされる「豆」などが入った五穀ごはんや小豆ごはんにより、暑い夏を乗り切る体力を作って一年の後半を新たな気持ちで迎へようと呼びかけてゐるのだ。
 六月大祓に際しての茅の輪くぐりの起源ともいへる蘇民将来の故事をもとに半年の区切りを強調する呼びかけは、大祓の啓発をおこなふ神社界の教化活動とも共通する部分が多く、またかうした取組みによって大祓が注目されることは、神社界の活動にとって有益な部分があらう。神社とは直接的な関係を持たない団体が、神社に縁深い日本の伝統文化を背景とする活動に携はるのは歓迎すべきことではある。それぞれの神社に伝はる神学や慣習、さらに神社界が共通して掲げる教学との関連性を常に考慮しながら、かうした活動を迎へていくことも必要であらう。



 このやうな新たな活動については、時に氏子崇敬者からも神職の立場で考へる教化とは違った切り口の提案などを聞くことがある。それが神社の伝統や信仰に則してゐるかについては疑問を抱く場合もあるかもしれないが、現代に生きる氏子崇敬者が神社をどのやうに見てゐるのかといったことを考へる上では貴重なものともいへる。
 今月初旬、七月八日には全国氏子青年協議会の総会が開催されるが、とくに氏子青年などの意見は傾聴に値するものが多く、神社活動の活性化が図られていくこともある。一方、翌九日に設立三十周年の記念式典を挙行する全国女子神職協議会では、男性中心と見られてきた神社界における活動に女性の立場から新たな価値を見出してきた。
 神社への信仰には聖典・教義がないといはれるが、それを補ふものは人々の持つ感性や論理性でもある。中今の世に生きるものとして、それぞれ時代に見合った生活を送りつつ伝統文化を継承していくために、いかに尽くすかが重要である。自らの殻に閉ぢこもることなく、新たな提案があればそれをどのやうに信仰に反映させていくのか、研修の夏を迎へるにあたり思慮していく必要性を強調したい。

平成三十年七月二日

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