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杜に想ふ 外つ国での神事 涼恵

平成30年08月06日付 5面

 先月、スロヴェニア共和国にて初めて日本のお神輿が上がった。日本文化の広報活動をおこなふ地元の団体「ゲンキ・センター」と在スロベニア日本国大使館が主催するイベント「ジャパン・デー(Dan Japonske)の中で、首都リュブリャナの街を二時間ほど練り歩き、大盛況で迎へられた。
 「お供へ物には、地のものを」とお伝へしてゐたので、現地の人々が持ち寄った味物の数々は、中欧ならではの色鮮やかな神饌が整ひ、お酒も二種類。持参した日本酒の白とスロヴェニア名産物の赤ワインとが、紅白で華やかだった。大麻は現地で調達した常緑樹に、日本から持参した紙垂と麻を括り付ける。その土地で青々とした生命力をいただくことは、神事の上で必須の神具となる。
 祭の真髄は祝詞だと学生時代に教はった。神様と人とを結ぶのは、祝詞奏上で発せられる言霊の力が大きい。だから、そのお祭りに見合った祝詞を毎回作文するのが神職の務めであると。恩師の教へを今一度噛み締めながら一週間ほどかけて書き上げたのだが、現地での反応は、まさしく諸先生の仰る通りだった。風や光や温度……あらゆる自然現象を通して神を感じられると言ったら大袈裟に聞こえるだらうか。こちらが解説しなくても、祝詞奏上中、会場に集まった人々は頭を下げていらした。説明は要らない。ただその場の空気に神聖なものを感じ、自分もそこに関はってゐるのだと感じてもらへる空間に変はる。
 祭りから理窟ではない一体感や連帯感を得られることは万国共通なのだと確信できた。そこに緑があれば、食べ物があれば、古式に則った神道祭祀は成り立つ。先人たちの見出した最小で最上の祭りの形態に改めて感激する。天候にも恵まれ、とても充実した神事となった。
 斎了時に、神輿を担いでゐたスロヴェニア人の学生が、真っ先に近付いて来られ、とても綺麗な日本語の発音で「日本の神様をスロヴェニアの地に降ろしてくださりありがたうございました」と声を掛けてくださった時には、思はず涙が込み上げた。
 イベント会場では空手、柔道といったスポーツはもちろん書道、盆栽、指圧、囲碁、折り紙に至るまで、日本を代表する文化がスロヴェニア人たちによって紹介されてをり、ローマ字で綴られた日本語の看板が掲げられたテントはかなりの賑はひを見せてゐた。キッズスペースでは紙芝居が大盛況で、花咲か爺さんなど古典的な昔話をスロヴェニア語に訳して読み聞かせてゐる。隣では、めんこやすごろく、羽子板で遊ぶ子供たちもゐる。一瞬、ここはどこなの? と、わからなくなる。
 祭りのみならず日本文化の奥深さを再認識する。日本の文化が海外で受け入れられ、彼等の日常に彩り豊かに溶け込んでゐる様を目のあたりにした感動は言葉にしきれない。それをどうしてもこの紙面でお伝へしたくなった。
(歌手、兵庫・小野八幡神社権禰宜)

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