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論説 統理告辞 「国是五箇条」を胸に刻み

平成30年09月10日付 2面

 今号掲載の通り、神社本庁は九月八日付で明治維新百五十年に際しての統理告辞を発表した。昭和四十三年の明治維新百年にあたっての統理告辞は明治天皇例祭日の七月三十日付で出されてをり、明治維新百五十年を迎へた今年は慶応四年の「明治」改元の日にあはせてのものとなった。
 今回の告辞では、まづ冒頭で明治維新にあたり明治天皇が国是五箇条を天地神明に誓はれ、近代国家としての歩むべき道を指し示されたことを述べ、以来、皇室をわが国の中心に仰ぎつつ、国民一丸となって百五十年の歩みを進めてきたことを確認してゐる。さらに昭和二十一年一月一日の「詔書」冒頭で、昭和天皇が「五箇条の御誓文」をお示しになられたことにも触れて、大御心をいただきながら難局を乗り越えてきたわが国の歴史と、斯道の恢弘や国民精神の昂揚に努めてきた神社界の歩みなどを回顧。最後に、今一度、維新の精神に立ち返り、神祇祭祀の伝統護持に努めるとともに、敬神尊皇の国風に習ひ、大道の発展と道統の護持に努力するやう求めてゐる。全国の神社関係者におかれては、この統理告辞に応へ、不退転の決意を以て国家の柱石たり得るやう精励されることを切に願ふものである。



 明治維新以来の近代のわが国の歩みは、「五箇条の御誓文」を抜きにしては語れない。そのことは、統理告辞にもあるやうに、昭和天皇が「詔書」のなかで「五箇条の御誓文」について、「叡旨公明正大、又何ヲカ加ヘン」と仰せられてゐることからも明らかである。終戦直後の新年にあたり、昭和天皇が「五箇条の御誓文」をお示しになられて誓ひを新たにされたことの意味を、改めて斯界は重く受け止めねばなるまい。
 また冒頭に記したやうに、五十年前の明治維新百年の際には当時の佐々木行忠統理による告辞が出されてゐる。そのなかで「明治維新百年を迎へ、往時に思ひをいたすとき……」と述べられてゐるが、いまだ当時にあっては、「明治」は身近な御代として「思ひをいたす」ことができた。しかし今はさうはいかない。だからこそ、近代日本の歩みが自らの父祖たちの血の滲むやうな営為の積み重ねであることに真摯に思ひをいたし、明治改元百五十年の節目を迎へることが大切なのである。



 一方、本紙前号で既報の通り、第三十六回神社本庁神道教学研究大会が「天皇と御代替~朝儀復興から近代皇室制度へ~」を主題として開催された。そこで議論されたことは、維新後に形成・確立された近代の皇室制度は、長きに亙る皇室の歴史と伝統に基づく先人たちの考証が結実したものであり、それは、近世における朝儀復興を企図した歴代天皇の叡慮、それを体した公家をはじめとする民衆をも含むさまざまな取組みや研究、意識などを踏まへた結果であったのでは、といふことの学問的な再確認の必要性であった。
 この皇室制度のみならず、我々が奉仕してゐる明治維新以降の神社の歩みについても、近年、戦後の極端なイデオロギーに縛られない実証的な研究も多く見られるやうになり、近代日本の歴史を冷静に議論できる環境がやうやく整ひつつある。来年は御即位三十年と御代替りを控へて皇室に対する一般の関心もいよいよ昂まり、さらに明治天皇の思召しにより明治二年に東京招魂社として創建された靖國神社の創立百五十年にもあたってゐる。今般の教学研究大会を契機に、皇室をはじめ神社・神道、また、その関係性も含めたわが国の歴史と伝統について、より一層の理解を深め、広く社会に啓発していくことが求められてゐる。



 ところで、今回の統理告辞では、歴史的認識の重要性のみならず、「激しい時流の変化とも相俟って、今日に於いては、想はぬ道義頽廃が進みかねない状況にあることも看過できません」との厳しい現状認識も示されてゐる。
 敬神生活の綱領の一節にあるやうに「神のみこともちとして世をつくり固め成すこと」に努める神社関係者としての「道義」を保持し、今後、いかなる国のあり方を理想とし、どのやうに行動することができるのか。明治維新百五十年の統理告辞の発表にあたり、「五箇条の御誓文」の精神を革めて胸に刻み、先人の歩みと思ひを振り返りながら考へていかねばなるまい。

平成三十年九月十日

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