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杜に想ふ 「即位」と「在位」 植戸万典

平成30年11月19日付 5面

 慶応四年の明治改元から百五十年を経た。御一新にあたり明治大帝は、諸事神武創業の始に原かんとの御沙汰を発し、新体制を樹立される。本紙でも年初から諸々連載されてきたとほり、今年は神社界にとっても重要な節目の年であった。
 大政奉還を受け、「神武創業の始」を顧みる王政復古の大号令が発布されたのは慶応三年、今から百五十一年前。抑々「明治維新」とは、学説により始点も終点もまちまちだが、概ね明治初年ごろの十数年といふ「期間」におこなはれた改革を指す。今年はその中核たる五箇条の御誓文や改元を「基点」とした百五十周年、といふことだったのであらう。
 基点と期間の違ひといへば、先日面識を得たとある若い行政筋の人物にこんなことを問はれた。陛下は来年「即位」三十年なのか、「在位」三十年なのか、と。彼の人曰く、内閣や財務省は「在位」を使ってゐるが、宮内庁や神社界は「即位」であり、意図的なものを感じるとのこと。
 受け売りと個人的理解だが、その人にはおほよそかう答へた。「即位」は皇位に即くといふ「基点」の行為で、「在位」は皇位に在るといふ状態の「期間」、「在位」も誤りでないが御歴代それぞれの在位年数を指すものでもあり、今後も続けて皇位におはす期間未定の陛下の御代をお祝ひする表現としては、期間を限定しない「基点」をより望ましく神社界は考へたのであらう、と。説明はもう少し噛み砕いたが、納得してもらへたやうだった。
 さて、そこでその人とさらに話が及んだのは、これをどう訳すか。「即位」の訳でよく目にするのは「enthrone」。しかしこれには若干の難も感じる。「throne」は「玉座」や「王位」の意味をもち、これに「~にする」といふ使役の意を作る接頭辞「en‐」を付けたのがこの単語だ。厳密には「即位させる」が訳語になる。英国王の場合は、突き詰めれば神の威光により即位させられるもの。しかし本邦の天皇は、何者かが「即位させる」のだらうか。
 また「在位」の訳も難しいが、「君臨」を意味する「reign」が恐らく無難だ。現代の天皇像には些か語感が強いが、統治時代を意味する単語でもあり、期間を含意する「在位」にもあてはまる。
 政府のこれまでの御在位記念式典では、「在位」の訳として「Accession to the Throne」が用ゐられてきた。直訳すれば「玉座の継承」。寧ろ「即位」に近い。正確な対訳に拘泥しない柔軟性は見習ひたいものだ。
 来年は今年以上に歴史的な年とならう。斯かる折を、杜に想ふ「基点」とできたことは一学徒として望外の幸ひである。もっとも、重要なのはこれを「期間」とできるか。精々己を尽くしたい。
(ライター・史学徒)

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