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杜に想ふ 神代の鬼 神崎宣武

平成30年11月26日付 5面

 私の郷里の吉備高原(岡山県)上の農村では、現在(霜月)が神職にとっての最多忙期である。
 氏神の例大祭がある。そして、ほぼ小字単位で祀る産土荒神祭がある。産土荒神の例祭は一日で終はるが、式年祭(一般的には七年に一度)は、当番(頭屋)の準備を加へると三日間に及ぶ。
 そのあたりは、神楽どころである。
 氏神の例大祭に奉納される神楽は、「宮神楽」といはれる。大国主命が主役の「国譲り」と須戔嗚男命が主役の「大蛇退治」を中心とした神代神楽が演じられる。文化・文政期(十九世紀はじめ)に編じられた演劇性の高い神楽で、以降は、その時期、専業の神楽太夫たちによって演じられる。
 それに対して、産土荒神式年祭での神楽は、一晩を徹して長時間に及ぶ。神代神楽の演目も増えるし、神事に相当する演目も数多く出てくるのである。たとへば、「白蓋神事」「剣舞」「託宣神楽」「石割神事」など。素面で演じるもので、かつては神職が担当してゐた呪術的な神楽である。産土(荒神)の名を冠してゐるとほり、中世のころ、この地を開墾したことにちなんでの伝承と思へる。
 それはさておき、ここでとりあげたいのは「鬼」についてである。
 神代神楽のなかでは、二つの鬼が登場する。国譲りに反対する建御名方命(大国主命の嫡子)と「吉備津」のなかで吉備津彦命(五十狭芹彦命)と戦ふ冠者温羅。いづれも大きくていかつい鬼面をつけ、シャグマ(頭髪)をふり乱して登場、荒々しく合戦を挑むのである。神楽の華であり、掛声や拍手も多い。
 この二つの鬼が、ともに戦ひに敗れて降伏する。そして、建御名方命は、信州諏訪に追放されるが、その地の守護神となる。
 また、温羅は、吉備津彦命に冠者の名を譲り、艮御崎として鬼門守護を約す。これが、吉備津神社の「鳴釜神事」の由来として今日にも語り継がれることになる。
 いづれも古文献(『古事記』と『吉備津宮縁起』の類)を原作としての脚色だが、鬼がことさら強調されてゐるのが注目に値する。
 鬼が変じて守護神となるのだ。およそ神話や伝説のなかでの鬼は、さうである。ごく一般的な例として、屋根の鬼瓦にそれが伝はる。
 この「両義性」は、私たち日本人における精神文化といふものではなからうか。仏教思想の影響も受けてのことであらうが、改悛の情がみえたら敵視をゆるめる。つまり「情状酌量」の余地あり、とする。ちなみに、情状酌量といふ言葉は、日本では判決のなかでも用ゐられてきたが、世界では理解されにくい。
 私たちは、その尊さを神楽を通して伝へてきたのだ。戦ひを未然に防ぐ智恵としても、それは現在も誇れるはずである。
 霜月の夜長、神楽場に座りながら、そんなことを思ふ今日このごろである。
(民俗学者、岡山・宇佐八幡神社宮司)

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