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論説 七五三詣 氏神に見守られて生きる

平成30年11月26日付 2面

 十一月も下旬となり、各地の社頭は七五三詣の参拝が一段落する一方、収穫感謝の新嘗祭、そして迎春を前にした神札頒布や初詣の準備に向けて慌ただしさを増してゐる頃であらうか。
 七五三詣は、三歳男女児が頭髪を伸ばし始める髪置、五歳男児が初めて袴を着用する袴着、七歳女児が幼児用の紐を解いて大人と同様の帯を用ゐる帯解に由来し、子供の成長を社会的に認知する通過儀礼が起源であるとされる。江戸時代中頃から都市部において次第に盛んになり、その後、現在のやうに全国的な慣習・行事として続けられてきた。
 十一月十五日といふ日取りについては諸説あるが、江戸時代の五代将軍・徳川綱吉の子・徳松の髪置がおこなはれた日に因むともいはれてゐる。近年では九月から十二月中旬くらゐまで七五三の参拝者が訪れるとの話も聞かれ、寒冷地では十月十五日の七五三詣が慣例化してゐる事例もある。いづれにしても、今年も木々の色付く各社の境内が着飾った多くの子供たちで賑はっただらうことに思ひを馳せつつ、その健やかな成長を祈るものである。



 今号掲載の通り、都内の服飾・家政系の専門学校では七五三詣の衣装について調査を続けてきた。その調査報告を含め本紙の過去の紙面からは、それぞれ世相や時代を反映した七五三詣の様子を窺ひ知ることができる。
 例へば、高度経済成長期には仕事に忙しい父親は参拝に同行せず、母親が一人で子供を連れて七五三詣に訪れるやうな事例があり、また、子供よりもむしろ母親が衣装の華美などを競ふ場になってゐるとの批判的な意見なども見られる。少子高齢化が大きな課題となる平成以降は、付き添ふ家族の人数が増え、子供一人に対して両親とそれぞれの祖父母を含めた六人といふ構成が多いとの指摘が目立つやうになり、さらに平成十年代を過ぎると、昭和一桁生まれの祖母は和装が多いものの、以降の世代では洋装が主流になるとの分析なども報告されてゐる。
 衣装についてはこのほか、全国的な流行の存在や劃一化が指摘され、その原因として、かつては全国展開する大手の呉服店、さらに衣装販売から着付けや写真撮影までを一括して請け負ふ百貨店の「七五三パック」の影響、そして近年ではレンタル業者等による貸衣装の普及などが挙げられてきた。また、さうした晴着を身に著けての記念写真の撮影が一般化し、写真館の混雑を避ける形で参拝日程の分散化が進んだともいはれる。そして現在では、写真撮影や食事会を含めた「イベント」の一環として、神社での七五三詣を捉へる向きも見られるやうだ。



 一方、神社界においては七五三詣の時期にあはせ、さまざまな活動を実施してきた。児童養護施設の子供たちを招いての七五三の祈願や障碍児者施設を訪れての祭典、在日外国人家族への参拝呼びかけなど、より多くの子供たちに七五三詣の機会を提供するやうな取組みや、さらには境内で着付け直しをおこなふやうな試みもある。多忙な時期ではあるが、次代を担ふ子供たちと、その親・祖父母世代が揃って神社を訪れる七五三詣を絶好の教化の機会と捉へ、さらなる活動展開に期待をしたい。
 また昨今の親世代は、インターネット上の溢れる情報から自らに相応しいものを取捨選択することに慣れ、七五三詣に関しては伝統的な本物志向を求める傾向もあるやうだ。その意味では社頭や地域社会での取組みとともに、共同体を基盤とする神社の信仰などについて、親世代に対して正しく正確な情報を届けることの重要性が、いよいよ増してゐるともいへるだらう。



 時代の移り変はりのなかで、いかに形が変はらうとも、子供たちの健やかな成長を神前で祈る親の心はきっと不変であらう。世相を反映したさまざまな変化のなかでも、さうした心を大切にしつつ、子供の成長の節目にあたり氏神に詣でて感謝の誠を捧げ、今後の無事を祈念するといふ営為をこれからも続けていきたい。
 もとより七五三詣だけに限らず、初宮詣や成人式、さらには結婚式などを含め、地域社会のなかで氏神に見守られながら生きていくことの尊さとありがたさを感じてもらへるやう、我々も日々の神明奉仕に努めていかねばなるまい。

平成三十年十一月二十六日

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