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論説 御製を顧みる 大御心を拝して感謝の誠を

平成31年01月28日付 2面

 今年の歌会始における御製は、平成十七年に阪神・淡路大震災の十周年追悼式典のため兵庫県に行幸啓になられた折に、ある遺族の少女から贈られたひまはりの種が、初夏の光の中で生え揃ひ葉を広げていくさまを詠はれたものであった。苦しき難き日々は癒えて、暖かな光に包まれ、明るい未来を予感させる。天皇・皇后両陛下には毎年御所のお庭にこの種を播かれ、大切に育てられてゐる由である。新年の歌会始らしく、希望溢れる御製である。平成最後の歌会始を終へた今、これまでの今上陛下の御製をたどりながら平成の御代における大御心を顧みてみたい。



波立たぬ世を願ひつつ新しき年の始めを迎へ祝はむ(平成六年)
 天皇陛下の新年は元日午前五時三十分からの四方拝に始まり、伊勢の神宮及び四方の神々を遙拝されて国家と国民の平安を祈られる。陛下には引き続いての歳旦祭の後、「新年祝賀の儀」に臨まれ、皇族をはじめ三権の長、外国大使などから祝賀の挨拶を受けられる。翌二日には一般参賀があり、皇居は多くの国民で賑はふ。宮中で執りおこなはれる祭儀は恒例のものだけでも年間二十数回に及び、ひたすら国家安泰と五穀豊穣が祈られるのである。
外国の旅より帰る日の本の空赤くして富士の峯立つ(平成五年)
 御即位後、両陛下の外国への公式御訪問は二十八カ国になられるといふ。平成四年には国交正常化二十周年にあたり、中華人民共和国を公式訪問された。この御訪問については内外に反対意見もあり心配もされたが、無事に友好親善の旅を終へられた。その帰路、飛行機の上から夕焼けの空に聳える富士山を詠まれたのが、この御製である。揺るぎない富士の峯の姿に陛下は何をお感じになられたのであらうか。



我が国の旅重ねきて思ふかな年経る毎に町はととのふ(平成十五年)
人々の幸願ひつつ国の内めぐりきたりて十五年経つ(平成十六年)
 両陛下には、御即位から十五年間で全国四十七都道府県すべてに行幸啓遊ばされてゐる。毎年の全国植樹祭、国民体育大会、全国豊かな海づくり大会をはじめ、災害が起これば被災地に赴かれて被災者をお励ましになってこられた。本当にありがたいことである。平成の御代はとくに自然災害が多く、常に「民やすかれ」と祈られつつ行幸啓を重ねられるなか、整ひゆく町の姿に安堵される大御心が拝察される。
津波来し時の岸辺は如何なりしと見下ろす海は青く静まる(平成二十四年)
 平成二十三年三月十一日に発生した東日本大震災では未曽有の被害が齎された。東京電力福島第一原子力発電所の事故もあって混乱が続くなか、陛下の国民に向けての「おことば」は、現状を冷静に見極められながら、あるべき方向性をお示しになられたもので、これにより秩序が与へられたといっても過言でない。「みことのり」の持つ伝統の力であらう。この御製は、津波により大きな被害のあった被災地を上空から御覧になられた際の御感慨だといふ。



うち続く田は豊かなる緑にて実る稲穂の姿うれしき(平成九年)
 豊作は何より喜ばしい。陛下には皇居の勤労奉仕団の人々から作柄をお聞きになり、「豊かなる実りなりしといふ人の多き今年の秋を喜ぶ」(平成七年)といふ御製もお詠みになられてゐる。宮中最大の祭りは新嘗祭である。二十三日の夕刻から翌二十四日の暁にかけて、皇祖・天照大御神はじめ神々に新穀をお供へになり、収穫に感謝して皇祖の御神威を戴かれるのである。
務め終へ歩み速めて帰るみち月の光は白く照らせり(平成十九年)
 宮殿での御公務を終へられ、御所へお帰りになられる時の御様子と拝される。陛下には内閣総理大臣の任命、法律や条約の公布、栄典の授与など憲法に定められた国事行為をおこなはれ、一方で政治に関する権能は有しないとされてゐる。かうした国事行為に係る書類は閣議決定後にお手元に届けられ、丹念にお目通しになられた後、速やかに親署され御押印をされるといふ。遅延は政治に介入することになりかねないのだ。その数は一年で約千件にのぼるといひ、たいへんな激務であることが分かる。
 改めて常に国のため、国民のためにお務めを果たされてこられた陛下に深く感謝申し上げたい。

平成三十一年一月二十八日

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