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論説 奉祝行事のあり方 有機的な連携に向けた方途を

平成31年03月04日付 2面

 政府主催の天皇陛下御在位三十年記念式典が二月二十四日に東京・国立劇場で執りおこなはれ、三権の長をはじめとする奉祝の言葉、また記念演奏の披露などがあり、陛下より優渥なるお言葉を賜った。
 昨年来、「奉祝 御即位三十年」「奉祝 御在位三十年」といふ言葉で平成の御代を寿ぎ、また御譲位の期日が発表になった後は、今上陛下に対して平成の御代における御慈愛に御礼を申し上げるべく、奉祝の気運が盛り上がってきた。神社社頭には「奉祝 御即位三十年」との言葉を記した幟やポスターなどが並び、また神社関係者大会などは「奉祝 御即位三十年」を掲げて実施してきた。
 かうした皇室敬慕の念の醸成は、御譲位から践祚・即位礼・大嘗祭へと続く御大典奉祝の啓発を含めてひじょうに大切なものであることはいふまでもない。遙か先のやうに感じてゐた践祚が確実に近づく中、それに続く即位礼・大嘗祭、また悠紀・主基の斎田における奉仕等々、いくつものことが確実に迫ってゐる。さうした今、神社人として如何にこれらに対処していくべきかを考へねばならない。



 御即位三十年の奉祝行事については、政府主催の記念式典に続いて宮中でお茶会が開かれ、また四月に民間団体主催の奉祝感謝の集ひがおこなはれるといふ。それとともに、官公署などの諸機関では政府の呼びかけに応へて独自の奉祝行事をおこなってゐる。
 内閣府による記念映像「天皇陛下 御即位から三十年―常に国民とともに―」の作成、公営博物館などの無料開放、記念グッズの配布など、各省庁また地方自治体が趣向を凝らしたものをおこなってゐるが、これらのうちには果たして本当に御即位三十年の奉祝との関係性を有してゐるのであらうかと疑問に感じてしまふものもありさうだ。
 もちろん大切な意義のある事業も見られるが、逆にいへば各省庁があまりにも一律に奉祝行事を実行することばかりに囚はれ、奉祝の意に相応しいのかを深く検討せぬまま実施に至ったと思はれるものもある。加へて、さうした奉祝行事が充分に周知されず、ただ組織内での消化事業としておこなはれてゐるとすれば寂しい限りである。



 さきに述べたやうに御即位三十年の奉祝活動は今上陛下への感謝の思ひからおこなはれるもので、践祚・即位礼・大嘗祭の奉祝活動は、新帝陛下の践祚を祝ひ奉り、忠誠を誓ふものであるので、皇室敬慕の念の醸成といふ共通項はあっても異なる要素も持つものである。
 昭和から平成を顧みれば、昭和天皇の御在位六十年奉祝行事をおこなふとき、今上陛下の即位礼を意識することはなかった。それは新帝即位を話題にすることは、すなはち先帝崩御を前提とするものだからだ。もちろん内々の研究会等では密かに検討が進められてきたが、例へば昭和天皇御在位六十年の取組みを新帝即位の奉祝活動に繋げるといったことは、口にすることさへ憚られた。
 しかし今回の御代替りには「諒闇」といふものがない。それゆゑに御即位三十年から践祚・即位礼・大嘗祭まで、皇室敬慕の念の醸成に向けて段階を踏んで活動していくべきであらう。



 二月二十四日の記念式典は盛大に挙行され、神社界ではそれぞれの神社で祭典を斎行して祝賀の意を表し、官公署でもそれぞれの行事をおこなったが、果たしてそれらが有機的に連携してゐたであらうかといふ点にいささかの疑問を持つ。いくつかの事象をみて、もう少し連携が取れるのでは、といふ感想を持つものも存在するなら、今後に向けてその点を改善すべく創意工夫せねばならない。五月一日には、今回と同様に官公署による祝賀行事が計画されると聞くが、例へば民間の奉祝団体でもかうした企画との連携を図るなど、一層の効果を上げるための方策はいくつもあらう。
 神社界も奉祝行事の一環として当日の祭祀を執りおこなふだけでなく、かうした各種の行事・団体との協力などいくつもの方途が考へられる。さうしたことをせねば、五月一日は「新帝即位」の日ではなく「大型連休の一日」と化してしまふ可能性が強い。世間では十連休が話題の中心となる今、今回の二月二十四日の奉祝行事を検証することの大切さを指摘するものである。

平成三十一年三月四日

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