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杜に想ふ 君の名は 植戸万典

平成31年03月11日付 5面

 と問はれて前前前世と歌ふか真知子巻きを思ひ浮かべるかで世代がわかる。蛇足だが、読み方を訊かれることが多い「万典」は「かずのり」と読む。
 人名は難しい。これは史学でも一つの課題だ。歴史上で本名がわかる人物はごく一部、その中で読みまで判明してゐるのはほんの一握りである。本名は「諱」といひ、前近代では実生活での使用が避けられてゐた。時代劇ではよく「信長様」のやうに呼びかけるが、あれは演出で、実際には考へ難い。
 さうした中で本名が伝はるのはオフィシャルな史料に記されるときくらゐなので、さうした場に関与しなかった人名は不明なことが多い。仮に記されたとしても普通は読みまで付さないので、当て推量のことも。藤原愛発といふ貴族の諱は「ちかなり」「ちかのり」「よしあきら」「よしちか」「あらち」などの訓が挙げられる。女性では「高子(たかいこ)」や「明子(あきらけいこ)」なる人物もゐた。苦肉の策で、わからないときは音読で回避する。これも伝統的な作法を範としたものだ。「万典」の場合、さしづめ「まんてん」。
 そもそも、歴史的には名やその訓に今ほど固執してゐなかった節もある。本来は父の諱である「隆盛」で政府に届けられ以後それを使ひ続けた西郷どんは少々特殊だが、成人まで幼名で、普段は仮名を使ひ、改名も容易な社会では自然とさうならう。勿論、各時代なりに名前への思ひ入れは強いが、今のやうにアイデンティティと強固に結びつくのは、戸籍が完全にシステム化した最近の感覚なのかもしれない。また「イヘ」の意義が変容した現代は、苗字も個人名に近付いてゐる。之繞の点、示偏の形、読みでは濁音か否かといった小差に拘るのも、活字文化との複合的な産物か。個人的には些末事だが、拘りとはさうしたもの。学術研究も立場が違へば些末事だ。
 読みといへば、年号も近代に整理が図られるまで多様に読まれてきた。大正以降は告示もあるが、明治以前は呉音を慣例とした程度で、それも絶対ではない。個人の名と同様に、必ずしも一つに割きらうとはしなかったのだ。
 年号は言はば特定の時代への祝福や祈願を込めた名付けだ。子の命名にも相通じよう。しかし近代を経て合理性重視となった現代社会では、その命名の意味合ひも利便性に後れを取るやうになったのは有り得べきことだ。確かに、不便よりも便利は良いことであるが。
 この便利さがより徹底され、年号よりも西暦が正義だといふ世相へさらに進めば、いづれ個人の識別も「24601」のやうな「マイナンバー」が公的な正称となり、無情にも名前は俗称扱ひとなるかもしれない。その方が合理的なのだから。さうなったとき、我々は胸を張って史料にその名を残せるのであらうか。
(ライター・史学徒)

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