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論説  五月一日の改元 「令和」の新元号が定まる

平成31年04月08日付 2面

 平成の次の御代の新しい元号は「令和」と定められた。
 新年度が始まった四月一日、政府は「元号法」に基づく初めての改元となった前回の例を参考にしつつ新元号の制定手続きを進め、元号を「令和」と改める政令を閣議決定して菅義偉内閣官房長官が発表した。新しい元号を定める政令は天皇陛下の御名・御璽を得て、天皇の国事行為として即日公布された。政令は今後、皇太子殿下が御即位遊ばされる五月一日に施行となり、その日から、日本国民は「令和」といふ新しい御代を迎へることになる。
 新しい元号の「令和」は、日本最古の和歌集である『万葉集』を典拠にしたといふ。これまではもっぱら中国の古典、漢籍を典拠にしてきたとされるが、今回、国書を典拠とする元号が誕生したことは洵に喜ばしく、日本国民として、「令和」の新元号を挙って寿ぎたいと思ふ。

 明治の始めに「一世一元」の制度が固まって以来、新元号が皇位継承に先だって決定・発表されたのは初めてのことである。旧皇室典範のもとでの「登極令」では、「天皇践祚ノ後ハ直ニ元号ヲ改ム」とされてゐたし、昭和五十四年に制定された「元号法」でも、「元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める」と定められてゐるからである。一世一元の制とは、即位(践祚)された新天皇が新たな元号を建て、一世の間にこれを改めないとの意であり、一天皇が一元号をお定めになる制であるはずだ。
 ところが今回、内閣が皇位の継承を待たずに事前に決定し、今上陛下に対して「平成」に次いで「令和」の二つの元号の御署名と公布をお願ひすることとなったのは、まさに異例のことといはねばならない。それだけに安倍晋三首相は、天皇陛下と皇太子殿下に対し、それぞれに事前の説明を十分に尽くしたことと思はれる。しかし、内閣は元号の決定の任には当たるが、本来「内閣の元号」ではなく、元号は、皇位の継承に伴ふ「天皇の元号」であることを決して忘れてはならないのである。

 御代替りの改元で今回、我々が心して対応しなければならないことがある。それは、改元を機に元号使用から西暦使用へと移行する企業などが増えてゐるとの報道がなされてゐることである。元号離れの進展が、日本の伝統文化への関心の薄れに繋がっていくことへの虞である。
 それは、個々の国民においても心配されるところである。今年に入って全国紙の各社がおこなった元号使用に関する世論調査などを見ても、その傾向が窺へる。年配層ではまだ元号使用が多いが、年齢が若くなるにつれてその割合は減少し、とくに二十代から三十代までの若年層においては、日常での西暦使用が圧倒的に多くなってきてゐるのは心配されるところである。
 今日のやうにコンピュータ・システムの活用によりビジネスがグローバル化し、社会のあらゆる物がネットワークで結ばれる時代になると、西暦への一本化はミスが少なくなり便利でもある。しかしまた、システムの便利なところは、入力は西暦でおこなっても、記録や出力は元号に置き換へることが容易に可能なことだ。大事なことは、日本の伝統文化として千四百年近く続いてきた元号を守らうとする強い意識を国民が保持することといへよう。
 警察庁は昨年、在日外国人の運転免許証取得者が増えてきてゐることを理由に、元号による有効期限表記を止めて、西暦に一本化するとの方針を発表した。ところが多くの心ある国民がパブリックコメントを通じて反対したことで方針転換し、元号を併記することになったのはその良い例であらう。

 元号はもともと中国に始まるが、清王朝の滅亡とともに消えてなくなり、今や日本のみが保持する貴重な文化伝統なのだ。イエス・キリスト生誕紀元とされる西暦は、例へば年齢などを数へるのには便利だが、日本の元号は時代を区分したり、歴史を纏まって把握したりするのには優れてゐる。この二つを併用し得ることもまた素晴らしいことだ。天皇とともに国民が元号を共有して日々の生活を営むことで、国民は自然と統合されてきたのである。
 「令和」の典拠となった『万葉集』も日本民族の宝である。これから『万葉集』に親しむ人も増え、「令和」の御代が永く続くことを祈りたい。
平成三十一年四月八日

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