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杜に想ふ 家祈祷 神崎宣武

平成31年04月29日付 5面

 まだシーズンが始まったばかりだが、今年の巨人軍は健闘してゐる。キャンプ中にやるべきことをやった成果であらう、と思ふ。因果関係を説くつもりはないが、私としては、そのひとつに宮崎神宮と青島神社への参拝をあげたいところだ。
 昨年の三月十九日付の本欄に、参拝を中止したことへの疑念を書いた。年中行事をおろそかにしてはならない、とくにプロ野球では正月にあたるキャンプインでの行事なのに、と。それが、今年は復活した。その理由をうかがひ知ることはできないが、喜ばしいことである。
 年中行事で社寺に詣でるといふことは、年中行事で神仏を祀るといふことは、「安心」を得んがためである。それは、ひとり日本人だけでなく多くの民族に共通するが、日本では必ずしも対象を特定の神仏に定めてはゐないところでの特色がある。まさに時々に、「八百万」の神々への御挨拶をおこなふ行事文化を育み伝へてきたのである。
 しかし昨今は、とくに地方の村里において、その文化伝承が変はりつつある。それは、ひとつには、高齢化と少子化による過疎化が原因してゐる。それに関連しての祖父母世代と孫世代のつながりの稀薄化が原因してゐる。
 ふりかへってみるに、さまざまな行事文化は、祖父母が孫たちに教へてきた歴史的な経緯がある。親世代は、日々の仕事が多忙でその余裕がない。孫の世話は、祖父母の役目とする事例が多かった。
 私も、さうした過疎村落での神主をつとめてゐる。東京との往反をくり返しながら、それを半世紀近くも続けてきた。そのなかで、後退した行事が正月から旧正月にかけての家祈祷である。
 その家にゆかりの深い諸神の御幣を切りかへ、新しい神札を添へ、それを床にまとめて祀り、その前で拝む。また、かつては台所の竈の前で湯立てをおこなってもゐた。どの家にも共通するのは、御年大神・寿福両神・一切金神・竈座大神の四柱である。家によっては、その他に霊神や水神や御崎神など数柱も祀ることになる。
 かつて、私の祖父や父がつとめてゐたころは、氏子のほぼ全戸が家祈祷をおこなってゐた。そして、その家祈祷のときは、祖父母が孫を抱いて神主の相手をしてゐたりもしたものである。さうした伝承が、私の代になって徐々に減少していったのだ。
 その一因は私にもある。多忙を理由に祭礼以外に神社に駐在することが少なくなったため、人びとが家祈祷の依頼を遠慮した結果でもあるからだ。内心忸怩たるものがある。が、巨人軍の参拝のやうな復活は、ここでは見込めない。
 ひとり私の郷里だけではあるまい。平成といふ時代は、村里の伝統行事とその伝承がそがれた時代、でもあったのではあるまいか。
(民俗学者、岡山・宇佐八幡神社宮司)

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