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杜に想ふ 神代からの継承 涼恵

令和元年05月06日付 6面

 御代替り――皇位継承の諸儀式を通して皆さまは、何を感じていらっしゃるだらうか。先日の「神宮に親謁の儀」では、伊勢の地に、先の式年遷宮以来、五年ぶりに剣璽が御動座になった。御祖先であられる天照大御神の御神前へ、剣璽と
ともに進まれるお姿は、天孫邇邇芸命の御手振りを今の世に再現されてゐるのだと感じられた。
 皇紀二千六百七十九年。神代から現代へと続く、日本人としての本質。改めて日本民族とは、神代の時代から目に見えない気の動きや流れを祭りといふ儀礼で具現化してきたのだと目の当たりに感じてゐる。
 陛下が伊勢の地にお目見えになられた際には雨だった。まるでお名残惜しいかのやうに慈しみの雨粒が降り注いだ。翌日は快晴で、雨で清められた清浄の空気の中、柔らかな光に包まれてゐた。自然とともに在られるからこそ、天候にも恵
まれるのだと感じて已まない。御大礼を通して、さらに深く感じ入るのだらう、日本は、神々と今なほ繋がって生きてゐる国なのだと。武藏野陵に御親謁される陛下のお姿を拝見し、親御さまと御先祖さまとを尊ばれる大御心、天神地祇を敬はれる大御手振りは、歴代受け継がれてきた変はらない慎ましさであらうと学ばせていただいた。
 この原稿を書かせていただいてゐる時は、まだ平成の御世である。数日後に践祚の御時を迎へ、元号が改まる訳であるが、個人的には「令和」と口にすることも、文字に起こすことも、今はまだ恐れ多いことだと、正直憚られる感覚がある
。にも拘らず、国民の多くがすでに安易に乱用してしまってゐるといふ印象を受ける。まだ平成の御世のうちに、キーホルダーやTシャツ、日本酒のラベルにも、令和の文字が踊ってゐて、商魂の逞しさに違和感を覚えてしまふ。
 おめでたいこととはいへ、舞ひ上がる足取りだけでは世の中の均衡は取れない。重心を低くして、踏ん張る覚悟を己に問ひたい。すべてが真新しく変はるといふ訳でないのだ。
 新しい御世をお迎へするには、平成の御世に感謝を捧げ、受け継ぐものをしっかりと、国民一人一人が心に宿してゆかねばならぬのではないだらうか。今までもさうして連綿と続いてきた国柄を大切にしたい。時代の流れと自分の命の関は
りを、敏感に感じ取って生きてゆきたい。昭和生まれの私は決意を新たにするのだ。
 つい先日、娘と一緒にプラネタリウムへと出掛けた。満天の星を戴く、生命を育む青い空と海と、緑の森。闇黒に浮かぶ星々と青い地球を見てゐると、この星に生まれて良かったと、そして、桜の見頃を終へ、つつじが咲き誇り始めた、こ
の豊かな四季に恵まれた日本に育まれてゐることが、どれだけ幸せなことかと、涙が自然と零れてきた。
 新しい御代の弥栄と、皇室の御安泰と万歳を衷心よりお祈り申し上げます。
(歌手、兵庫・小野八幡神社権禰宜)

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