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社説 新しい時代に向けて 御代替りと「敬神尊皇の教学」

令和元年05月06日付 2面

 周知の通り、「平成」最後の日となった四月三十日には「退位礼正殿の儀」が、そして新元号「令和」最初の日である五月一日には新帝践祚(即位)にともなふ「剣璽等承継の儀」及び「即位後朝見の儀」が、いづれも「国の儀式」(国事行為)として恙なく執りおこなはれた。
 また、三月十二日の「賢所に退位及びその期日奉告の儀」に始まり、本紙前号でも詳細に報じられた「神宮に親謁の儀」、そして四月三十日の「退位礼当日賢所大前の儀」に至るまで一連の「退位の礼関係諸儀式」が粛々とおこなはれた。次いで五月一日には新帝が践祚され、「大礼関係儀式」たる「賢所の儀」(三日まで)、「皇霊殿神殿に奉告の儀」も厳かに斎行された。かくして、われわれは光格天皇以来約二百年ぶりの「御譲位」による「御代替り」といふ歴史的節目を
迎へ、新帝を仰ぎつつ新たな時代たる「令和の大御代」へと君民ともども歩み出すこととなった。

 「平成」から「令和」へと元号が改まった今、想ひ起こされるのが、「平成の元号は、必ず新帝の御在位の時としての意識から離れないものになる。それがわれわれが元号制度に深く固執し、主張し運動しつづけた理由であった」(平成元
年一月八日付本紙号外「社説」)との言である。この言に倣ひ、われわれも「令和の元号は、必ず新帝の御在位の時としての意識から離れないものになる」ことを改めて確信し、その実現に向けてなほ一層尽力しなければならない。それが元
号法制化を実現すべく活動した斯界関係の幾多の先人たちへの最大の報恩感謝であらう。
 また、当該「社説」の末尾には「今は、ただの時ではないとの緊張感が強い。平成の御代の平らけく、安らかならんことを祈りまつる」とも記されてゐる。前回の御代替りと違って、今回のそれは崩御・諒闇をともなはないものであるから
、さほどの「緊張感」はないとの声も聞かれるが、決してさうではない。

 かつて、大正から昭和への御代替りに際し、「践祚の式」に掌典として奉仕した八束清貫は、その時の想ひを「一面から考へれば先帝の崩御であるが、又考へて見ると今帝の践祚である。一面から見ると非常に悲しい事であり、一面から申
せば非常な喜びである。所謂悲喜交々至るとはこの事であらうと自分は考へた」と述べてゐる。明治の皇室典範・登極令に則った「践祚」にしても、かかる複雑な想ひもあったのである。
 ましてや、光格天皇以来二百年ぶりの、しかも「憲政史上初の譲位・践祚」と一口にいっても、時代も違へば制度も異なってゐる。歴史家ならば「後世の歴史書や年表に、二〇一九年は光格天皇以来約二〇〇年ぶりの生前退位と上皇の再興
、と記されることだろう」(藤田覚氏)で済むが、今般の劃期的ともいへる御代替りに際しては、斯界には従前にも増した「緊張感」があって然るべきだらう。正しく「今は、ただの時ではない」ことを銘記する必要があるのだ。例へば、「
終身在位」か「退位」か、あるいは「神聖天皇」か「象徴天皇」か、といった二者択一的な現今の社会風潮・趨勢に対し、斯界はどう緊張感をもって対応すればよいのか。
 問題は、われわれ神社関係者がこの「御代替り」を如何に認識し、新しい「令和の大御代」を君民一体となって築き、「宝祚無窮」たる「皇位の安定的継承」を実現するかどうかに懸ってゐる。そのためにも、「御代替り」を眼前にした今
こそ、改めて神社本庁憲章に謳はれてゐる皇室制度を中核とする「敬神尊皇の教学」とは一体何を指し、意味するのか、平成二十九年五月二十九日付の本紙「社説」でも多少触れたやうに、統理・総長など本庁役職員は無論のこと、あらゆる
本庁構成員・関係者が叡智を傾けて真剣に考へ、斯界全体としてのあらまほしき「敬神尊皇の教学」を不断に検討・審議する態勢を早急に整へる必要がある。

 間もなく、新帝の即位の礼及び大嘗祭斎行に向けての諸儀式が始まる。大嘗祭の本義については古今、さまざまな解説・解釈がなされてきた。だが、大嘗祭や恒例の皇室祭祀と神社との関係を端的に説いた言説は存外に少ない。
御承知ノ通リ大嘗会ハ御一代ニ一度デアルガ、毎年神嘗ノ祭ガアリ新嘗ノ祭ノアルコトハ御承知ノコト、ソレガスベテ到ル処ノ山村僻邑ニ至ルマデ必ズ氏神ノ神社ガアツテ祭ガアル、帝室ノ御祭ヲスルコノ御儀式ガズツト国ニ拡ガツタ所ノ風
俗デアル、是ガ日本ノ帝室ヲ中心トシテ家族的ニ発達シタ所ノ国体カラ生ズル所ノ国民性、ソレガ風俗トナツテ今日マデ存在シテ居ル、実ニ日本ノ風俗ノ本モ神社、国体ノ本モ神社、是ハ決シテ宗教的ノ意味ヲ有ツテ居ナイノデアル
 これは大正四年の御大礼当時、内閣総理大臣であった大隈重信が、三年五月におこなった演述である。この言から、もう一度「敬神尊皇の教学」のあるべき姿を学んでもいいのではないか。
 前帝(上皇陛下)の三十年余に亙る「象徴天皇として御活動」の根柢には不断の「敬神崇祖」の叡慮と祭祀の厳修があったことに思ひを致し、その叡慮が新帝に継承されんことを切に念じつつ、謹んで筆を擱く。
令和元年五月六日

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