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杜に想ふ 一記録 八代 司

令和元年05月13日付 5面

 新元号が「令和」と先行発表され、剣璽の御動座のもとに「神宮に親謁の儀」、そして「退位礼正殿の儀」と一連の儀式がおこなはれ、新帝が践祚遊ばされ祖宗の神器を承けられ、新たなる御代が始まったことは洵に慶祝に堪へない。
 奉祝ムードで日本国中が盛り上がり、全国の社頭は「令和元年五月一日」の日付が墨書された「御朱印」を受ける参拝者で長蛇の列となったことが報道され、ふとある時の記憶が呼び起こされた。それは神道政治連盟国会議員懇談会結成三十周年記念祝賀会で当時の森喜朗首相が「天皇を中心とした神の国」と挨拶した、いはゆる「神の国」発言である。じつは当時、私もその現場にゐて、会場外でマスコミ連中が輪となって集まり、「神の国発言でいかう」と示し合はせてゐたのを目にしてゐた。翌日からは戦前回帰と一大バッシングとなって世間は大騒ぎし、内閣解散の引き金ともなった。マスコミが一部の語句や言葉のみを取り上げ、その真意が伝へられないで国民が煽動されることに、驚きとともに怖さをも実感した私の平成の記憶の一つでもある。
 さて、記憶はおぼろげなるものが多いのも確かである。とりわけ印象深い出来事の場合は、後年になっての美化や大袈裟になって真実の姿が伝はらないことも多いから、しっかりとした記録が大切である。
 宮中の重要な儀式なども仔細に記録され、このたびの御代替りの諸儀式も「宮内庁作成資料」には「歴史上の実例」として「譲位の次第を記した儀式書のうち、今日伝はる最古の書(平安時代前期〔九世紀後半〕に編纂されたとみられる書)である『貞観儀式』」も参考とされたことは極めて意義深い。しかしながら、光格天皇以来、実に二百二年ぶりとの「御譲位」も現憲法下では「退位」として表されるなど、今までの皇位継承では使はれることがなかった言葉がたびたび目につく。
 とりわけ、平成二十八年八月の「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」御放送後、十月の「お誕生日に際し」として皇后陛下が「ただ、新聞の一面に『生前退位』という大きな活字を見た時の衝撃は大きなものでした。それまで私は、歴史の書物の中でもこうした表現に接したことが一度もなかったので、一瞬驚きと共に痛みを覚えたのかもしれません。私の感じ過ぎであったかもしれません」と宮内記者会に文書で御回答されてゐることも後代にしっかりと記録することが重要である。
 そして政府や公式の場では「譲位」とは用ゐられず、また儀式名も「退位礼正殿の儀」となった。だが「おことば」では「天皇としての務めを終える」とされ、「退位」とは一言もお述べになられてゐないことに多くの国民は気付いてゐるであらうか。これも叡慮の御事と拝し、一草莽の臣の気付きとは大仰だが、ここに次代のためにも明記して一記録としておきたい。(まちづくりアドヴァイザー)

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