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論説 神代からの国柄を明らかに 即位礼・大嘗祭へ

令和元年05月27日付 2面

 御譲位関連の諸儀式が滞りなく済み、上皇陛下への限りない感謝の念のうちに五月一日の賢所の儀と剣璽等承継の儀が執りおこなはれ、新帝が御即位遊ばされた。五月八日には即位礼・大嘗祭の期日奉告の儀が宮中三殿であり、同日午後には神宮・神武天皇山陵・昭和天皇以前四代の天皇山陵にも期日を奉告すべく、勅使発遣の儀がおこなはれた。天皇陛下から神宮への勅使に「よく申して奉れ」とのお言葉があり、五月十日には勅使によって神宮及び各山陵にて滞りなく祭典が斎行された。
 また五月十三日には宮中の神殿前庭で古式のままに亀卜により斎田点定の儀がおこなはれ、悠紀地方に栃木県、主基地方に京都府が卜定された。今後、斎田と大田主が決定され、秋の大嘗祭に奉る新穀が育てられる。かうして御譲位を経て、新たな御代の始まりの儀式が粛々とおこなはれ、即位礼・大嘗祭に向けた諸準備が整へられていく。



 今上陛下には即位後朝見の儀のお言葉のなかで、「皇位を継承するに当たり、上皇陛下のこれまでの歩みに深く思ひを致し、また、歴代の天皇のなさりやうを心にとどめ、自己の研鑽に励むとともに、常に国民を思ひ、国民に寄り添ひながら、憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たす」とお述べになられた。とくに印象深いことは、「象徴」としてのお立場を徹底してお考へになられ、実践に努められた上皇陛下のこれまでの御事績に立脚されるとともに、さらに歴代天皇のなさりやうを心にとどめられながら、「象徴としての責務を果たす」といふ大御心を披瀝されたことである。
 「歴代天皇のなさりやう」で思ひ起こされるのは、平成二十八年に愛知県西尾市の岩瀬文庫で第百五代・後奈良天皇宸筆の般若心経を御覧になられた折の御感想である。天候不順による飢饉や疫病の流行に心を痛められた後奈良天皇が、苦しむ人々のために諸国の社寺に般若心経を写経して納められた。その奥書には、「私は民の父母として、徳を行き渡らせることができず、心を痛めてゐる」との叡慮が記されてゐた。今上陛下には、かうした御歴代のなさりやうに御心をとどめられ、「国民に常に寄り添ひ、人々と共に喜び、共に悲しむ、といふことを続けていきたい」と述べられた。民やすかれと祈られるお姿は御歴代に共通することであるが、その上で「自己の研鑽に励む」との仰せは、国民の一人一人にとって畏れ多くありがたい極みである。



 翻って神社界の使命は何であらうか。五月一日付の統理告辞にある通り「祭祀の厳修と神社奉護に心を致し、敬神尊皇の志を堅持し、教学の実践とその振興とに精励」することであらう。新たな御代の始まりにあたり、陛下には天照大御神の神勅の随に皇孫のお立場で祭祀を厳修され、神代のお姿そのままに大嘗祭をおこなはせられる。
 神社も清浄にして古儀を尊び、大御代が手長の御代の厳御代となるやう祈る場として適正に管理され、恒例祭祀を厳修して、国の隆昌と氏子崇敬者の繁栄を祈らねばならない。天皇の祈りと神社の祈りとが重なることで、国の平安や希望がもたらされる。全国神社の社頭は、令和の御代が希望に満ちた御代となるやうに、まるで正月のやうな人出で賑はったといふ。祈りの大切さが多くの人に共感・認識されつつあり、神職にはこの気運をさらに醸成していくことが求められる。今こそ神社祭祀が日本の国にとってどんな意味があるのか、真剣に考へなければならない。



 神社信仰は、遠く神代から現代にもたらされてきた。天皇はいつの時代も国家の中心として、天下を知ろし食されてきたのである。今年はその原点が皇位継承儀礼を通じ、国民の目の前に明らかになる。先の践祚の諸儀式は、三種の神器が神代より伝へられ、皇位の象徴として常に陛下のお側にあることを明確に示すものだった。
 秋の大嘗祭においては、神代さながらに今上陛下が天照大御神及び天神地祇を祀られ、大御代の平安と国民の安寧を祈られる。かうした国柄を国民に説き、わが国のあり方を支へる神社祭祀を厳修することこそ神職の使命であらう。政教分離といふ厳しい現実もあるが、我々が使命を自覚してそれに徹しない限り、国民の支持も得られまい。御代替りにあたり、一層の祭祀厳修に向けた努力を誓ひたい。

令和元年五月二十七日

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