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論説 頻発する殺傷事件 家庭の祭りに希望を求め

令和元年06月17日付 2面

 去る五月二十八日、神奈川県川崎市内で五十代の男が児童ら二十人を無差別に殺傷する事件が発生した。被害に遭ったのは外務省職員と近くの私立小学校に通ふ児童など。小学校はキリスト教を建学の精神に掲げる学校で、保護者会の冒頭、亡くなった児童への祈りが捧げられたと聞く。不幸にも被害に遭はれた何の罪もない方々の御霊が懇ろに鎮まることを心より祈りたい。
 また今月一日に東京都内では、七十代の元農林水産省事務次官が川崎での殺傷事件を受け、四十代の長男の将来を悲観して殺害する事件も起きた。さらに、その前日の五月三十一日には、福岡市で四十代の男が七十代の母親と口論になり、母親と妹とを刺して自らの命を絶つ事件も起きてゐる。
 このひと月にも満たない間に、国内を震撼させるやうな殺人事件が重ねて起こってゐる。事件に関はる容疑者らの個々の家庭事情は異なり、一括りに論じることへの懸念も示されてゐるが、各社の報道では青年期を過ぎたいはゆる「ひきこもり」と呼ばれる者と、当該者を養ふ高齢者などで構成された家庭内で起こるさまざまなトラブルが引き金になったことを指摘する。



 川崎殺傷事件における容疑者は、八十代の伯父夫婦に養はれてゐた五十一歳の甥である。これは昨今指摘される「八〇五〇問題」を抱へた典型的な家庭の一つだといふ。「八〇五〇問題」とは、ひきこもりが長期化した五十代前後の子を八十代前後の高齢の親が養ふ家庭内において、子が社会との接点を失った状態で親の病気や介護などの課題が生じることで、自立できない子と高齢の親とで生活が立ち行かなくなり、ひいては親子共倒れになるなど、さうしたリスクに起因するさまざまな問題のことを指してゐる。
 家族を含め他者とのコミュニケーションが少ないなか、加齢とともに就職などの道も阻まれ、将来に希望が持てなくなっていくといふ子の心理は理解できる。また、親の立場からすると、中年に差し掛かった子が自立できず家庭内にゐることを公言しにくく、地域社会から疎遠となってしまふ、といふのも本音であらう。実際にはさらに複雑な事柄が絡み合ひ、負の連鎖が社会的な悲劇を生む引き金になってしまってゐるといふことだらう。これは決して他人事でなく、斯界の中にも同様の悩みを抱へてゐる家庭があるのではなからうか。
 これらの現実は「地域コミュニティーの核」を標榜し、「家庭の祭り」の振興を通じた明るい家族生活を推奨する斯界にとっては重い課題といへよう。



 内閣府が今年三月末に発表した調査によれば、四十歳から六十四歳までのひきこもりの人は全国で推定六十一万三千人。中高年を対象とする全国規模でのひきこもり調査は今回が初めてで、三年前に発表した調査における十五歳から三十九歳までの五十四万千人を上回ってゐる。
 長きに亙りひきこもった者への対策は一朝一夕に進められるものではないことは明らかだ。根気強くかつ慎重な対応が求められる改善プログラムのなかで、失はれた一家団欒の復活に向けた一歩として、斯界が守り受け継いできた伝統的な祭りや行事を通じ、それらを見直す機会を与へられないのか、と思って已まない。
 今日的には神棚や仏壇のない家庭が多いなか、せめて社寺への参詣や墓参など身近な神仏崇敬や先祖慰霊の行事が、それらの一端を担へないだらうか。もちろん、家族間の関係が再構築されなければ実現は難しいだらうし、そもそも強制といふ概念がそぐはないのも神道信仰の特徴の一つでもあるのだ。



 だがしかし、我々の信仰こそそれぞれの自立に繋がる自己啓発を促し、生き甲斐やひいては生きる希望へと導く可能性を祕めてはゐないのだらうか。
 世間を騒がす深刻なニュースの合間には、心温まる出来事も起こってゐる。そのなかに、神仏への感謝の祈りも多く捧げられてゐることを我々は知ってゐる。だからこそ不幸な事件に巻き込まれ、被害に遭はれた方々の家族が希望を持てる日が一日も早く訪れることを祈らずにはゐられない。
 今こそ、我々が長らく掲げてきた神社信仰を通じ、国民つまり氏子崇敬者の健全育成や、社会を明るくするための取組みに情熱を傾けるべきときといへよう。

令和元年六月十七日

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