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論説 「夏詣」教化活動のさらなる充実に

令和元年07月01日付 2面

 七月に入り、今年一年も前半から後半への折り返し地点を迎へた。「平成三十一年」として新年を迎へ、憲政史上初の御譲位によって元号が改まり、新元号「令和」に次第に慣れ親しみつつあるといふ感慨のなかで、この半年間のことに思ひをめぐらす人々も多いことであらう。
 六月と十二月におこなはれてゐる大祓は、それぞれ半年間の罪穢れを祓ふ神事として、昨年年末に平成最後となる師走大祓をおこなひ、この七月は令和初めての水無月大祓を経て夏を迎へる。この「水無月大祓を経て夏を迎へる」といふ表現は現在の暦法(太陽暦)におけるもので、かつての旧暦(太陰太陽暦)では、水無月大祓は「夏越の大祓」として秋を迎へる季節の神事と認識されてきた。神事斎行日を季節の移り変はりではなく日付を優先したものとするとき、旧暦から新暦への移行に伴って該当神事に含まれる意味が変化することがあるといふ顕著な例として見ることができる。「祭事」を考察する時には、かうした事象にいかに対処していくかといふことも課題であることは間違ひない。



 各地の神社ではこの時期、新たな教化事業として「夏詣」といふ行事がおこなはれるやうになってきた。正月の「初詣」に対し、一年の折り返し地点である水無月大祓から七月にかけて神社に参拝する「夏詣」といふ新たな習慣を提唱するものである。罪穢れを祓ひ清める「夏越の大祓」を経て、過ぎし半年の無事に感謝を捧げ、来る半年のさらなる平穏を願ふべく、年の半分の節目としておこなふとの趣旨だといふ。
 すでに関東を中心に北海道から九州まで各地で取り入れられてをり、それぞれの神社では七月一日の参拝だけでなく、これまでにおこなってきた行事などと連動し、新たな参拝者増加の試みを実施してゐるといふ。例へば例祭の前段行事として、また地域内の複数の社寺と協力しての巡拝など、その神社の状況や特性に合はせながら独自の展開を図ってゐる姿は注目される。



 かうした新たな動きが起こったとき、これまでは常にいくつかの指摘がなされるやうな傾向にあった。つまり、「教学・神学的に意味があるのか、問題がないのか」といふやうなものである。だがさうした声に押されて極端な前例踏襲主義に陥り、過去の事例をただ模倣するやうな場合、活動力の低下は避けられない。新たな活動を展開しようとする時には、目的や理想とする姿を設定した上で、そこに辿り着く過程に、これまでの神社の営みと矛盾がないかを吟味した上で実施に移さねばならないことはいふまでもない。
 そして社頭での教化活動において、参拝者数の増加を目指すことは当面の目標や目安ではあっても、最終的な目的ではないだらう。参拝者の人数に拘るのではなく、そこに集まった人たちに神徳を説き、神社の由緒を伝へ、わが国の伝統文化と神社との関係、さらには国家公共といかに関はってきたのかを伝へていくことが望まれる活動である。
 昨今、「朱印ブーム」ともいはれるやうな状況にあるが、これもただ件数の増加に一喜一憂することなく、先に挙げたやうな神社として望まれる活動に繋がってゐるかどうかの判別も求められる。もしも何らかの矛盾があり、神社が目指すものと異質な状況があるのなら、それは神社としての活動力の低下に留まらず、むしろ障碍とさへなってしまふであらう。



 今年の教化活動として御大典奉祝の重要性が指摘され、全神社人は広報・啓発に努めてゐる。その活動が広がりを見せるためには多くの人々の耳目に触れることが重要であり、社頭に集ふ参拝者に、令和の御代の弥栄、国家安寧を祈るといった神社人として意図することを伝へるのが第一である。神社本庁が作成した幟やポスターを掲げるだけではなく、その意図するところを確実に参拝者に伝へられてゐるかを確認してほしい。
 師走大祓と新年の組合せに倣ひ、水無月大祓の翌日を下半期の正月と見なす新しい企画「夏詣」。かうした企画を通じて参拝者の増加を目指すとともに、神社としてのあり方や姿勢などをより広く示すやうな確実な情報提供の増強をも図るべく、新たな角度からのさらなる活動充実を期待するものである。

令和元年七月一日

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