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論説 本格的な夏を迎へ 歴史的な営みの再確認を

令和元年08月05日付 10面

 不順な天候だった七月が過ぎ、各地でやうやく梅雨明けを迎へつつ八月となった。本格的な夏を迎へ、神社界では各種の研修会や、夏休みにあはせて子供たちの教化に向けた行事などが開催され、編輯部にはさまざまな情報が寄せられはじめてゐる。
 毎年恒例の風景ではあるが、今年は御代替りの年にあたり、御大礼に関することを主題に研修などがおこなはれる様子も報告されてゐる。「天皇」といふ御存在が改めて大きく注目を集めるこの年に至極当然のことであり、近代憲政史上初めてとなった御譲位のことや、今秋に予定されてゐる即位礼・大嘗祭の儀式内容などについて、前例をもとにいかに解釈すべきかなどを学んでゐる。
 神社人としては、諸儀式が神話の世界と現在とをどのやうに結び、そして諸儀式に祝賀の誠を捧げることが現在の神社信仰といかなる関連性を持つのかを、もう一度確認することの重要性を指摘したい。



 夏休みといふと「盆休みの帰省」が想起される。古くは藪入りといって実家に帰る慣習・制度があり、小正月(正月十五日)・盆(七月十五日)の行事を終へた後、奉公人などが主人から休暇をもらって帰省してゐた。明治初年、それまでの太陰太陽暦(旧暦)に変はり太陽暦(新暦)が採用されたあとも藪入りの慣習・制度は残ってゐたが、休日制度の変遷や移動範囲の広域化などによって小正月の藪入りは正月行事と融合し、盆の藪入りは盆休みへと変はった。
 このうち七月十五日の盆は太陽暦の採用後、産業構造など地域やそれぞれの事情から「新暦七月十五日」「旧暦七月十五日」「新暦八月十五日(月遅れ)」の三形態に分かれた。新暦七月十五日は一般的に農繁期にあたるため、月遅れの盆で実施する地域が見られるやうになり、それに従って都市部から地方への帰省は新暦八月十五日の盆を中心とする、現在でいふところの「盆休み」が広く知られるところとなった。なほ、令和元年の今年の月遅れ盆(八月十五日)は旧暦七月十五日にあたり、旧暦と月遅れの盆が一致する珍しい年回りとなってゐる。



 盆休みの帰省は、懐かしい親族等に再会するとともに、祖霊祭祀を執りおこなふ機会であることはいふまでもないが、さらに地元の神社祭礼・民俗行事がおこなはれることも多い。つまり、この時期の帰省には、神社界が主張してきた崇祖・敬神・伝統護持といった事柄に触れる機会が多くあり、かねてからさうした機会を捉へて教化活動の充実を期すべく活動がおこなはれてきたのである。
 帯同する家族、とくに子供たちにとって、日常とは異なる環境のなかでの体験は、いはば「ハレ」の場のものである。さうした経験を通じ、崇祖・敬神・伝統護持の心を知識として知るだけでなく、感得してもらふことの重要性を再認識したい。今年はとくに、世代を繋いでいくことの意味など、御代替りに関する事柄をいかに伝へていくかが重要事項ともなるのではなからうか。



 先に述べたやうに、今年の月遅れ盆の八月十五日は旧暦七月十五日にあたる。旧暦十五日は満月であり、古く盆を満月の日に迎へてきたやうに、今年は八月十五日の月遅れ盆が満月となる。夜間照明が充分でない時代に、月明りがいかに大切であったのかを思ふだけでも、歴史の一端を垣間見ることができるであらう。夜空に輝く満月の光のなかで盆を迎へてきた往時に思ひを馳せ、先人たちの歩みを顧みるやう呼びかけてはどうであらうか。
 また、これを機会に太陰太陽暦に関しても今一度、祭儀との関連性などを考へることも必要ではないか。今年の大嘗祭は十一月十四日から翌十五日にかけて執りおこなはれるが、かつては旧暦十一月に執りおこなはれてをり、季節的には現在と異なる状況であったことも暦から読みとることができる。
 践祚から即位礼・大嘗祭へと一連の諸儀式が続く年にあたり、神社界はもとより各界各層・津々浦々より奉祝の声が沸きあがってゐる。この奉祝の心情はごく自然なものであるが、かうした心情と崇祖・敬神の念とが繋がりを持ち、それぞれが実践する日々の敬神生活と有機的に連関した営みとなるやう、各種活動が広く展開されることを期待したい。

令和元年八月五日

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