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杜に想ふ 盛儀を刻む 八代 司

令和元年09月16日付 5面

 いよいよ秋祭りの季節が到来した。今年も稔りに感謝して、千古変はらぬ祭礼が全国各地の神社でおこなはれるが、とりわけ今年は御代替りの盛儀を控へ、遙に悠紀主基の斎田を想ひ感慨深く感じてゐる。
 先日、数年ぶりにお参りをさせていただいた神社の拝殿には「御神灯」として八張の真新しい箱提灯が下げられてゐた。裏面の奉納日には「令和元年」とあり、列座の氏子の方々に訊くと、以前の提灯は、ちゃうど「平成」の記念で、それらが古くなったのでこの際、新調の機会となったとのことであった。
 そのため、それまでの提灯の奉納者を確認すると、一人の方は御健在で、他はそれぞれ息子さんに代替はりをしてゐたとのこと。居並ぶ新奉納者の方を拝見すると、皆々、半農半漁の土地柄にあって、日に焼けて皺が目立ち始めた方ばかり。「自分たちの親父もさせていただいたことだからと皆さん喜んで新たに奉納された」との町会長からの紹介に、皆々、真摯ななかにも少し誇らしげに、そして、はにかむ素朴な笑顔が実に印象的であった。
 全国を旅すると、時折、神社の境内の鳥居や社号標などの石製奉納品の側面には流麗で風雅な隷書や古印体などで「御大典記念」の文字とともに「大正」や「昭和」の年号が刻まれてゐるのを目にする。その月日を重ねた石肌には趣があり、石工の手彫りは昨今の機械彫りの刻字と比べると実に味はひ深い。時の御大典の盛儀を記念して御代の栄を祈り、またこれを契機として社頭整備に努めて神威の発揚を冀った先人たちの心が想はれる。
 さういへば数年前、テレビの情報番組で、東京新宿駅の東南口周辺は「御大典広場」と呼ばれてゐたことが紹介されたが、出演者は一様に知らないとのことであった。実は私自身も在京時にはその近くで勤務をしてゐたのだが、その番組を視聴するまでまったく知らなかったことでもある。本稿を書きながら、昭和御大典を記念する石碑が従前は建ってゐたのだが、道路高架化整備のなかでその石碑は新宿の鎮守である十二社熊野神社の境内へと移設されてゐたことを初めて知り得た。この石碑がもし現地に存置して周辺整備をされてゐたならば、東京駅の銀の鈴、渋谷駅のハチ公やモヤイ像同様の名だたる待ち合はせ場所ともなり、「御大典記念」の刻字から往来の人々への意義啓発につながったのではなからうかと想像すると残念でならない。
 この際、奉祝の気運を盛り上げるとともに、このたびの盛儀を次代へと伝へるため、全国の神社の境内外で「御大典」「御大礼」記念と記された先例を確認しつつあらためて氏子崇敬者の方々に紹介してはいかがであらうか。そして、「令和御大典」記念に相応しい奉納品を勧奨することが、父祖の崇敬した、いはばマイ神社としての再認識が各社の興隆にも繋がるのでないだらうかと愚考してゐる。(まちづくりアドヴァイザー)

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