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論説 教学研究大会を終へて 自ら学び研究する姿勢を

令和元年09月16日付 2面

 今号に掲載の通り、「大嘗祭と天皇の祭祀」を主題とする第三十七回神社本庁神道教学研究大会が九月二日に神社本庁大講堂で開催された。
 今年の大会は、「天皇と御代替―朝儀復興から近代皇室制度へ―」を主題とした昨年の大会における成果を踏まへ、皇室祭祀と神社祭祀との関係を改めて考へるとともに、御大典の意義を再確認することを目的とし、全国各地から参加した神職をはじめ神社本庁の教学顧問や教学委員・研修委員、各神職養成機関の教職員、各神社庁研修所の講師など約百二十人が出席。國學院大學の岡田莊司名誉教授と武田秀章教授がそれぞれ講演した後、コメンテーターとして國大の藤田大誠教授と藤本頼生准教授、さらにオブザーバーとして阪本是丸教授が加はり、浅山雅司神社本庁総合研究部長による司会のもと、会場からの質問への回答なども交へつつ共同討議がおこなはれた。



 大嘗祭に焦点をあてた今回、律令国家の成立に伴ひ即位儀礼としての大嘗祭が確立していく古代と、近代国家の建設に際して天皇祭祀と神祇祭祀が整備された明治期の大嘗祭を比較・検討することで、大嘗祭を中心とした天皇祭祀と神祇祭祀との関係性が改めて検討された。現行の皇位継承儀礼を考へる上では、明治四十二年に制定された登極令の意義を検討することは必須といへるが、その前提となるのが明治の即位礼・大嘗祭であり、さらに根柢には古代・中世の即位礼・大嘗祭があるといへる。さうした意味でも、古代・明治の大嘗祭に関する岡田・武田両氏の講演は意義深いものであった。また登極令制定後初となった大正期の儀礼に着目しつつ祭神論にも言及した藤田教授と、大嘗祭における連続性・非連続性を問うた藤本准教授によるコメントを踏まへての討議も興味深いものであった。
 神社本庁では御代替りに係る諸儀式にあはせて報本反始の誠を捧げるべく、全国神社で斎行する祭祀について通知・通達をおこなってきた。即位礼・大嘗祭を目前に控へた今、かうした講演や討議を通じ、祭祀斎行にあたって如何に臨むべきかを問ひ直すことができた点は評価すべきものといへよう。



 一方で、これまでの教学研究大会を振り返ってみると、昭和五十七年の第一回大会から三十七回を積み重ね、新たな令和の時代を迎へたなかでの課題も浮かんでくる。その一つは開催趣旨に「敬神尊皇の教学」の観点から、我々神職が大嘗祭にあたり如何に神社祭祀に臨むべきかについても再確認すると記されてゐたが、果たして講師やコメンテーターなどと参加者との質疑応答や意見交換が十分にできたのかといふ点である。
 神道教学研究大会は、平成三年の第九回以降二日間の日程だったが、平成二十年の第二十六回以降は一日での開催となってゐる。かつては分科会が実施されることもあったが、現在は主に教学委員による講演や討議が中心となってをり、参加した神職や教学委員ら一人一人が個別具体的な課題について意見交換をするやうな時間がない状況にある。大会運営に携はる本庁職員等の実情を考へても多くを望むことはできないが、より能動的かつ積極的な参加を促し、活溌な討議をおこなふための工夫は必要であらう。
 もう一つは、平成二十八年の「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」以降、ある意味で粛々と御代替りの諸儀式が執りおこなはれるなか、崩御に伴ふ践祚により現行憲法下で初めての御代替りとなった平成時と比較すると、各種の国民運動等を含め、神道教学に基づく研究も低調と感じざるを得ないことである。



 教学研究大会が現行の日程となってから十年余りが経過した今、さらなる教学研究の発展を期すべくその方途を検討し、制度の再構築等にも取り組んでいくことが望まれる。
 平成時の御代替りにあたり開催された平成元年の第七回大会の報告書の「後記」において、「地域の神職自身が自らの問題として大嘗祭の意義を学び、研究してゆく姿勢が必要」「大嘗祭の問題のみならず、天皇・神道・神社にかかはる根本問題が積極的に検討され、稔りある議論が展開されてゆくことを期待したい」と記されてゐることを、我々は今一度肝に銘じる必要があるのではなからうか。

令和元年九月十六日

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