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杜に想ふ 伝へるべきこと 神崎宣武

令和元年09月30日付 5面

 たまたま伊勢に行ってゐたところで、八月二十八日付の中日新聞を手にした。その三重版の紙面に載ってゐる写真を見て、あっと驚いた。
 見出しは「花道で気分は歌舞伎役者」。記事には、夏休み中の小学生とその保護者らが御園座(名古屋市)の舞台裏を見て回るツアーに参加した、とある。三重・岐阜・愛知の三県から七百五十組の応募があったとかで、抽籤の結果九十八組の参加があった。写真は、その親子たちが楽しげに花道を歩く場面であった。
 私が驚いたのは、それが、履物をはいた歩き姿だったからである。薄手の敷物が敷かれてはゐるが、それにしても、と目を疑った。ルーペを取りだしてよくよく見ると、室内用のシューズやスリッパを履いてゐる。少し安堵もして、舞台裏へ回っての見学もあるならいたしかたあるまい、と理解した。
 それに、歌舞伎では、草鞋ばきの登場もある。また、軽演劇や歌謡ショーでは、草履も靴も小道具である。とも理解した。
 しかし、なほ次なる疑問が生じたのである。そこでの親子たちは、花道に上るときに「おじぎ」をしただらうか、と。
 それが神楽の舞台であれ、能や歌舞伎の舞台であれ、そこは非日常の神聖な場所である。ならば、出入りの時には、気を鎮めての「礼」が必然といふもの。あの甲子園でも、球児たちは帽子を脱いで礼をしてゐるではないか。それは、日本文化といふものである。
 そのとき、主催者がさうした習慣を教へたかどうか、写真からはわからない。しかし、それが問題だ、と思ふのである。
 伝統文化活性化国民協会、といふ公益財団法人(平成十三年設立)があった。その活動のひとつに、「伝統文化こども教室」があった。そこでは、何度か、実技以前の礼に代表される「しきたり」の指導法がとりあげられた。そして、地方においてもその実践が意識されるやうになった。
 だが、それは、革新を標榜したかの政権下での仕分け、第一弾として補助金が打ち切られた。協会の維持が困難となり(平成二十六年解散)、さうした話題を広く論じる場がなくなった。少なくとも、私のまはりからはなくなった。
 しかし、私たちは、次代をになふ子供たちに何と何を伝へるかを、ことあるたびに問はなくてはならない。私の親しい銀鏡神楽(宮崎県)の指導者は、「かつては家庭でできてゐた正座と座礼から教へなくてはならない」、といふ。また、これも親しい備中神楽(岡山県)の指導者は、「子供もさることながら、付き添ってくる親から教育しなくてはならない」とまでいふ。
 私は、さうした指導者たちを孤立させないやう協力していきたい、と思ふ。
(民俗学者、岡山・宇佐八幡神社宮司)

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