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論 説  抜穂の儀を終えて稲作と神事との関はり啓発を

令和元年10月07日付 2面

 今号掲載の通り、天皇陛下御即位にともなふ大嘗祭にあたり、新穀を供納する悠紀地方と主基地方に点定された栃木県と京都府の斎田において九月二十七日、それぞれ抜穂の儀が執りおこなはれた。
 栃木・京都の斎田ではいづれも好天に恵まれ、勅使たる抜穂使による祝詞奏上に続いて大田主や奉耕者らが斎田に入り、黄金色に稔った稲穂を刈り取った。刈り取られた新穀は、十一月十四日から十五日にかけて斎行される大嘗祭に供納されることとなる。
 振り返れば五月十三日に宮中三殿の神殿で斎田点定の儀が執りおこなはれ、天皇陛下の御治定を仰いで悠紀地方と主基地方が定められてから四カ月余り。九月十八日の宮内庁による大田主と斎田の発表を経て、両地方のそれぞれで無事に豊かな稔りを得ることができた。まづ以て、その神恩に深く感謝の誠を捧げたい。

 宮中における収穫感謝の新嘗祭、ひいては御即位後の一代一度の大嘗祭が、御歴代にとって極めて重要な祭祀であることは、いまさらいふまでもない。皇祖・天照大御神は瓊瓊杵尊の天孫降臨に際し、「吾が高天原に所御す斎庭の穂を以て、亦吾が児に御せまつるべし」と勅され、高天原の稲穂を授けられた。この「斎庭稲穂の神勅」を淵源とする稲作りは、わが国にとって生活文化・精神文化の根幹ともいへよう。
 さうしたことは政府が、「大嘗祭は、稲作農業を中心とした我が国の社会に古くから伝承されてきた収穫儀礼に根ざしたものであり、天皇が即位の後、初めて、大嘗宮において、新穀を皇祖及び天神地祇にお供えになって、みずからお召し上がりになり、皇祖及び天神地祇に対し安寧と五穀豊穣などを感謝されるとともに、国家・国民のために安寧と五穀豊穣などを祈念される儀式である」との考へ方を示してゐることからも明らかである。
 宮中における新嘗祭や大嘗祭のみならず、全国各地の神社で収穫感謝の秋祭りが毎年斎行されてゐるやうに、わが国においては新穀を神前に捧げて感謝の誠を捧げる営みが、古来連綿と続けられてきたのである。

 一方、五月の斎田点定の儀ののち、栃木県・京都府の両神社庁ではそれぞれ、具体的な「斎田」の発表を前に管内各地での神事を通じて悠紀地方・主基地方の全体を祓ひ清め、供納される新穀の豊作を祈念することなどを趣旨として、各地に「奉祝田」を設けて神事を執りおこなってきた。
 また大嘗祭においては悠紀地方・主基地方の斎田で収穫された米に加へ、同じく両地方で収穫された粟が供納されるのをはじめ、近代以降は全国各地の特産品などが庭積机代物として供進されてゐる。前回、平成の大嘗祭においては明治・大正・昭和の前例に倣ひ、各都道府県から米と粟のほか五品目以内の特産品の供納が受け付けられた。記録によれば、北海道の干汐鮭や青森のりんご、千葉の落花生、静岡の茶、和歌山のみかん、香川のオリーブ、鹿児島のさつまいも等々、それぞれ地域を代表する品々が並んでゐる。
 まづは栃木県・京都府をはじめ豊穣を願ふ各地での真摯な祈りにより、今年も無事に秋の稔りが齎されることを念じて已まない。そして新帝御即位にあたり悠紀地方・主基地方に限らず、各都道府県においても庭積机代物として特産品を供納することを誇りとしつつ、来月の大嘗祭を迎へたい。

 今上陛下には先日、御即位後初めてとなるお稲刈りに臨ませられ、お手づから稲穂をお刈り取り遊ばされた。昭和天皇がお始めになられた宮中での稲作りを、上皇陛下、さらに今上陛下がお続けになられていく。一方で、わが国における稲作をはじめとする農業、また、さうした人々の生業との深い関はりのなかで伝へられてきた地域における神事については、いづれも産業構造の変化にともなふ過疎化や、昨今の少子高齢化などの影響により、その継承が課題となってゐる。
 そのやうななか、陛下の大御手振りに倣ひ、稲作りが古来、神事と不可分であることの啓発に努めていくことの大切さを共有したい。新たな御代を迎へての大嘗祭にあたり、改めて「神代」に遡るわが国の来し方を顧みつつ、その奉祝気運の醸成に本紙も尽力していくことを誓ふものである。
令和元年十月七日

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