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杜に想ふ 令和大嘗会雑考 植戸万典

令和元年11月18日付 5面

 月日は百代の過客だ。まだまだ先と思ってゐた大嘗祭も斎行され、陛下は神宮へ御親謁になる。伊勢行幸は、古い即位儀礼では当然なかったが、一方で由奉幣の他、平安時代からは式年遷宮の神宝使とも重なる「大神宝使」が、他の二十二社や諸国一宮などへと共に遣はされてゐた。
 万事に亙る不易流行は、礼典にも及ぶ。朝儀史を概観しても変不変さまざまであり、年初の四方拝からして現在の宮中祭祀と古代の年中行事ではその様相も異なる。
 それは季節ごとのイヴェントも変はらない。日本でも盛んとなったハロウィンもその受容は最近だが、今や商業的にも伝統行事に勝る国民的な「祭り」となった。冬至よりも南瓜は消費されてはゐまいか。これも遡れば欧洲に土着の収穫感謝の民俗で、本来はキリスト教会の行事ですらない。日本だけが宗教に寛容な社会といふのは烏滸がましい。
 平安絵巻とも形容された即位礼。古来の装束を召された陛下の前で現代の礼装をした首相が万歳を挙げる様は、平成度からのことだが、日本の今昔を繋ぐ象徴的な次第だった。斯かる細かな変化は勿論、長い歴史のなかではその時代なりの礼典や、おこなはれなくなった儀式も多い。神宮親謁が近代の新儀なら、古代には一代一度の仏会もあった。儀式の意義とそのあり様は、挙行の有無も含め、当の社会の要請に根差してゐる。
 さう考へたとき、大嘗祭はもとより各地の秋祭りを、農耕社会の収穫儀礼と説き続けることがいつまで有効か悩ましい。農業人口の激減した時代、大半が第一次産業に従事してゐた頃と比べ、新嘗祭の意義は疎か、多くには「秋祭り」が収穫感謝である意義に果たしてどれほどの実感が伴ふだらう。大嘗祭は無論、地域の祭祀を未来にも遺してゆくには、それらの本質を時代に副った説明に落とし込むことも必要ではないか。今年は「祭日」とならない勤労感謝の日も、すでに法文から「勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」であって、働く父母への感謝の日と解される向きさへある昨今だ。
 便利な世の中となり、労働の対価は銀行振込、売買もキャッシュレスで可。古く働きの成果として得てゐた実りは、媒体としての貨幣となって、今は実体のない数字に価値が見出される。神前でもお供へは「初穂料」であるし、電子マネーのコード決済などを賽銭に用ゐようとする社寺の動きもあった。尤も、某ペイなどの規約では代価のない寄附行動は認められてゐない筈だが。
 庭積机代物もさうであったやうに、人は自ら得た実りを感謝や祝福の意をこめて神前に捧げ、祭りをおこなってきた。その実りに「実」が伴はなくなってきた現在、次代の祭りはどう変はり、変はらないのだらうか。
(ライター・史学徒)

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