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杜に想ふ 水神への畏怖 神崎宣武

令和元年12月02日付 5面

 秋季例大祭を終へた。
 今夏から今秋にかけて、東日本各地で水害が多発した。被災され、まだその後始末が及ばない方々の御苦労は、いかばかりか。例大祭でも、そのすみやかな復興と再び災害がなきやう祈念したところである。
 昨年もさうであった。郷里、岡山県の西南部で豪雨による災害があった。お互ひに、他人事ではすまされないのだ。
 そこでは、祈ることも大事、としたい。
 「自然神は、みな人に対して危害を加える荒ぶる神であった。人にとって山や川は異郷であり、人はその異郷に侵入して、(中略)生活圏を広げてきた。自然神にとってはこの侵入者に危害を加え災害を与えるのは当然の防衛手段であったともいえよう」(小野重朗『民俗神の系譜―南九州を中心に』)
 少々過激な表現ながら、それが古代信仰のひとつのかたちでもあらうか。所詮、私たち人間は、「風吹荒び、氷雨降り頻る」ことには抗しきれないのだ。そして、「崩れ損ふ事無く」と、神仏に、いや自然に祈ることにもなるのだ。
 あらためて民俗信仰の事例にあたってみた。
 各地で「水神」が祀られてきた。その祀り方はさまざまである。
 広く共通するのは、水利が円滑に運ばれることの祈願である。これは、稲作が生業となるにつれて広まったものであらう。その祭日は、春の彼岸ごろといふ事例が多い。また、田植前に山から田の神を招いて水口祭をおこなふ。そのときに合はせて水の神を祀る、といふ事例も多い。そこでは、山の神と田の神と水の神との親近性が認められるのである。
 その水利に不安が生じると、つまり降雨量が少ないと水神を祀って雨乞ひをおこなふ。これも、山頂に登っておこなふ事例が少なくない。たとへば、竜王山だけをとってみても、全国では六十二山も存在するのである。
 ところが、水難防除、水害防除の祈願例は、意外にも少ない。が、第二次大戦の後のころまでさかのぼってみると、各地に散見できる。
 旧暦十二月一日のことを「川渡り朔日」と呼ぶ地方がある。東北・関東・中部の農村部など。この日には、川に行かない。橋も渡らない。そして、水難除けに餅や団子を食べた。
 南九州、とくに鹿児島県下では、旧暦の五月、六月のころ、水難除けに団子を藁で巻いて川に流すとか、川に入って赤飯を撒いて自分たちも食べるなどといふ行事があった。
 もっとも、これらは、大きな水害を予想してのことではなかった。が、水神を怖れ、鎮めて加護を願ふ庶民の心情は、たしかに潜在してゐたのである。
 それを現代に甦らせよう、といふのではない。ただ、いかに科学が発達しようと、私たちは自然に対してけっして傲慢であってはならない、と思ふのである。
(民俗学者、岡山・宇佐八幡神社宮司)

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