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論説 大嘗祭の祈りに思ひを致す 大嘗祭を終へて

令和元年12月02日付 2面

 天皇陛下の皇位継承に伴ふ御大礼の諸儀式は五月一日の賢所の儀や剣璽等承継の儀に始まったが、なかでも重儀である十月二十二日の即位礼正殿の儀、さらに十一月十四日から十五日にかけての大嘗宮の儀や大饗の儀が無事終了した。今号に掲載の通り、陛下には即位礼と大嘗祭の終了の御奉告のため剣璽とともに伊勢に行幸されて神宮に御親謁遊ばされた。その後も、奈良の神武天皇山陵、京都の孝明天皇と明治天皇の各御陵、さらに都下の大正天皇と昭和天皇の御陵においても御親謁され、十二月四日の宮中三殿での御親謁と御神楽の儀をもって一連の儀を終へられる。陛下にとっては洵に大儀な一年で、令和の御大礼を恙なく終へられたことに、国民一同安堵するとともに、改めてお慶びを申し上げたい。

 思ひ返せば、上皇陛下の平成度の御大礼に際しては過激派集団等によるテロ事件やゲリラ事件が多発し、国民は厳しい緊張のなかにあった。放火や焼き討ちなどで焼失したり、甚大な被害のあったりした神社が二十社を超えたほどだった。
 また、現憲法下で最初の御代替りだっただけに、法律的側面からも、政教分離などをめぐって激しい論争が巻き起こった。それは御大喪から大嘗祭にまで及んだが、三十年を経て二度目となった今回は、前回と比較して落ち着いたなかで諸儀式が執りおこなはれたといへる。政府・宮内庁は大嘗祭について、その祭儀が稲作農業を中心とする収穫儀礼に根ざしたもので、その起源は新嘗の祭りに由来するとして宗教的性格を認めつつも、天皇が国家・国民のために安寧と五穀豊穣などを祈念される、皇位継承に伴ふ一代一度の重要な儀式であるとして公的性格を認め、費用も公費たる宮廷費から支出する見解を固める一方、その経費削減にも努めた。しかし、大嘗宮の屋根を伝統の茅葺きから板葺きに変更するなどの問題もあり、また費用の面での増加などから大嘗宮の造営に疑問を呈する意見も出された。大嘗祭の意義や伝統の継承等をいかに考へ、また広く国民の間で認識を共有していくべきか、斯界にとっても大きな課題の一つといへよう。

 そもそも祭祀においては常に清浄を旨とし、宮中で執りおこなはれてゐる毎年の新嘗祭は常設の神嘉殿で斎行されてゐるが、一代一度の大嘗祭は新たに大嘗宮を建てて丁重にも丁重を重ね、三権の長などに各界代表などを加へた国民参列のもとで国家的儀式として執りおこなはれてゐるのである。
 その際、天皇が神饌として御親供され、御親らもお召し上がりになるのは斎田点定の儀により卜定された悠紀地方・主基地方の斎田で収穫された清浄な新穀である。また大嘗祭や新嘗祭には、稲とともに粟も供へられてゐる。粟は五穀のうちの畑作物を象徴的に代表してゐるとも考へられ、救荒作物としての重要性などに加へ、水田の稲作民とともに陸田の畑作民に対する祈りの意味もこめられてゐると理解することもできよう。宮中でも稲と粟が植ゑられて収穫されてゐるのである。
 さらに全国四十七都道府県からは、庭積机代物として生産者が丹精をこめたさまざまな特産物が供進されてゐる。かうしたことを考へれば、大嘗祭には日本国民の命の糧である重要な米や粟をはじめ、各地の特産物の生産奨励をも含めた五穀豊穣の祈りがあり、そのやうな思召しをもって天皇が全国民を斉しく大事に統合される祭りであるとも感じられるのである。それは憲法の目指す個人の信仰の自由や宗教の相違などを超えた祈りであり、そのやうに考へることで、新たに大嘗宮を建て、浄闇のなか神聖かつ厳粛に執りおこなはれる大嘗祭の祈りの意義もより深く理解されるのではなからうか。

 今日、日本の農業は厳しい状況におかれてゐる。農業就業人口は激減し、従事者の高齢化も顕著になって生産の継続が危ふくなってきてゐる。一方で、食物のありがたさを忘れ、厖大な食品が廃棄されてゐる食品ロスの現実がある。さらには気候変動が原因とされる自然災害からも農業、そして国土を守っていかねばならない。
 このたびの令和の大嘗祭を機に、斯界として改めて大嘗祭の原点に思ひを致し、大御心を体しながら食と農の問題をはじめ現代のさまざまな課題に対処していくことを誓ひ合ひたい。

令和元年十二月二日

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