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杜に想ふ おほみたから 涼恵

令和2年01月13日付 5面

 大嘗宮を拝観しに、皇居に行った時のこと。古き良き日本の在りし国民性を感じて心が温かくなった。
 私が訪れた際には九十分待ちで、一般参観の人々が長蛇の列をなしてゐた。にも拘らず、並ぶ者皆が、穏やかな表情で一歩一歩と緩やかに目的地へと進んでゆく。皇居内の四季を感じる美しい樹木や草花を愛でながら、流れる雲や柔らかに吹く風を感じ、この場にゐることのありがたさを各々が感じてゐるやうだった。
 そしてたいへん印象に残ったのが警備の方々のアナウンスだ。「ここから近さうには見えますが、大嘗宮の正面までは今の状況ですと約一時間はかかります。もうこれで満足されたといふ方は右手に出口がございますので、どうぞ遠慮なく退出されてください。抜けるのでしたら今しかありません!」
 大嘗宮を真正面にする頃は、さすがに、ごく僅かではあったが押し合ふ人もゐたけれど、比較的礼儀正しく進んでゐた。そんな切羽詰まったなかでも、「写真を撮るなとは誰も言ひません! ただ、一枚写真を撮ったら、次の方のために速やかに前へ一歩お進みくださいね」「大嘗宮は正面だけが素晴らしいといふ訳ではございません! むしろ正面を越えた先の主基殿側からの方が全体をよく御覧いただけますよ」「お写真を撮りたい気持ちはわかりますが、せっかくのこの機会です。どうぞ肉眼でもしっかり御覧ください」など、各所に配置された警備の方々はそれぞれの場所と状況に適したアナウンスを自分の言葉でおこなってゐたことが、素晴らしいと感じた。
 マニュアル通りだけではなく、周りを見ながら自づから言葉を選んで発していらっしゃった。そんな言葉が飛び交ふたびに、参列者から思はず笑みが零れて、その場の雰囲気が和やかに変はる。日本人らしい集団性から生まれる和やかさが、なんとも美しかった。大嘗宮を拝観しようとやって来られる方の意識の高さも関係したかもしれないが、きっと昔からこのやうな民族性であったのだらう。
 近付いて拝観した時の、大嘗宮全体の清浄な佇まひには息を呑んだ。どれほど深い祈りがこの場で捧げられたかが、数日経った後でも感じられるほどの臨場感。そして、大嘗宮を建てられた職人さんや御奉仕された方々の混じり気のない凛とした姿勢が伝はってくるかのやうだった。
 「おほみたから」。天皇陛下は我々国民のことを、大和言葉でこのやうに表現された。宝と呼んでくださるだけでも恐れ多いのに、大まで付けてくださる上に、御まで付け加へての大御宝。ありがたさに、ただ頭が下がり、その呼び名に恥ぢぬやう、しかと生きようと胸に刻んだ。
 令和二年謹賀新年、御皇室の安寧と弥栄を、皆様の御健康と御多幸を心よりお祈り申し上げます。
(歌手、兵庫・小野八幡神社権禰宜)

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