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杜に想ふ 自ら訪ねる 涼恵

令和2年02月10日付 5面

 与へられたものを受け取るだけでは、真実は見えて来ない。近頃はインターネットを介した情報発信が盛んな時代。だからこそ安易に情報を鵜呑みにするのではなく、自らの目と足で確かめにゆく覚悟と柔軟さを持ち合はせてゐたい。
 私にとってさう思はされた大きなきっかけは靖國神社の参拝だった。マスコミが伝へる靖國神社と、実際に自分の足でお参りに行った時の靖國神社との印象が、あまりにも違ってゐた。九段下の駅周辺には独得の賑はひがあるが、参道を奥へと進むほど、その静けさと温もりに、ここに来なければわからない気配をただただ感じてゐた。気が付けば身体が反応して震へが止まらず涙が溢れてゐた。かういふ時は、頭で理解するのではなく、感じることに身を委ねるやうにしてゐる。
 台風の目のやうに、外野はどんなに騒がしくても中枢は意外にも静かなもの。波風立てずにその核に辿り着かうとすると、新たな景色や必要な情報が入ってくる。「~らしいよ。よく知らないけど」。そんな無責任な言ひ方は、まづよさうと思ふ。
 皆様は「蛍の光」の歌詞は何番まであるか御存じだらうか。
 稲垣千穎による詩は四番まである。最近ではすっかり歌はれなくなってしまったが、国土のことを歌ってをり、たいへん重要なメッセージが籠められてゐると思ふ。
 自分も作詞・作曲をするので、作品に籠められた作者の純粋な想ひをなるべく汲み取りたいと心掛けてゐる。昨年発売された御大典記念童謡唱歌のアルバム「心のふるさと」では全番を収録した。
 筑紫の極み 陸の奥 海山遠く 隔つとも その眞心は 隔て無く 一つに尽くせ國の為
 千島の奥も 沖繩も 八洲の内の 護りなり 至らん國に 勲しく 努めよ我が背恙無く
 今の時代だからこそ、しっかり歌ひ継いでゆくべき内容だと思ってゐる。
 このアルバムの制作は、歌ふ時の心情の籠め方でもひじょうに参考になった。プロデューサーの角松敏生氏から歌唱指導の手解きもあったのだが、歌詞の解釈と歌の表現はいい意味でアンバランスな方が聴き手に伝はる場合があるのだと指導された。例へば悲しい歌詞を悲観的に歌ふのではなく、私情を籠めずに歌った方がより悲しみを表現できる。重たく感じる歌詞ほど、あっさり歌ふことで重みが増す。表現の強弱と緩急・濃淡が今まで自分が良しとしてきた表現の次元を遙かに超えてゐた。勝手な思ひ込みがあったのだらうと、目から鱗が落ちる思ひだった。
 何が真実なのかを見抜くには難しい時代でもあるのだらう。しかし、自ら訪ねて見極めた現場の情報には心が突き動かされる瞬間がある。その時の研ぎ澄まされた自分の感覚を信じてやれる強さを同時に養ひたい。
(歌手、兵庫・小野八幡神社禰宜)

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